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ドキドキと胸が騒がしくて落ち着かないのに、嫌ではない。このままずっと、ときめき続けてもいいくらいだ。モグモグと昼食を食べ進めながら、山吹は思う。
隣に座る桃枝も、同じ気持ちだろうか。期待を込めながら、山吹は顔を上げる。
「それにしても、少し凹むな」
すると視線の先では、希望と違う顔。山吹は目を丸くしながら、悩んだ様子の桃枝を見つめた。
「『凹む』とは、いったいなにがでしょうか?」
「俺は、お前との時間がだいたいなんでも楽しかった。だが、お前は『ボクといても楽しくないと課長が思っている』と思っていたんだろ。だから、つまり」
「……『つまり』?」
「お前にとっての俺は、そう見えていたんだな。……と、思った」
まさか、落ち込んでいるのか。パチパチと、山吹は瞳を瞬かせる。
「そ、う……です、ね。黒法師さんと一緒にいる時の方が、よほど楽しそうでした」
「アイツとは腐れ縁みたいなものだからな。気は緩むだろ」
「腐れ縁……」
「って、なに言ってるんだろうな、俺は。悪い、お前はなにも気にせず──山吹?」
なんと今度は、山吹が悩み始めたではないか。続いて、桃枝が目を丸くする。
怪訝そうな態度で声を掛けられた山吹は、顎に指を当てた。そして至極真面目な表情を浮かべたまま、山吹は桃枝の疑問に答える。
「いえ、なんと言いますか。黒法師さんが【腐れ縁】だとしたら、課長はお友達がいないということになりますよね? つまり、親友もいない。……それならボクは、課長のお友達と親友になりたいです。モチロン、この関係性を維持したままで」
そうすれば、山吹にとっての友人と親友第一号も桃枝になるという計算だ。我ながら素晴らしい提案だと、山吹は頷く。
「わけ分かんねぇ我が儘言うなよ」
「えっ。これってワガママなんですかっ?」
「あと、お前には悪いのかもしれねぇが水蓮は俺の友人だぞ」
だが、目論見は外れた。ガガンとショックを受けつつ、山吹は桃枝を見上げる。
「黒法師さんが、ご友人。……なんと言いますか、課長って人を見る目が絶望的なほどにないですよね。恋人のボクを含め、ですけど」
「なんでだよ」
人の嫌がる顔でご飯が食べられそうな黒法師と言う友人と、面倒くささと我が儘さを恥ずかしげもなく披露する山吹と言う恋人。桃枝の交友関係には、当事者だとしても憐れんでしまう。
悲し気な目を向けられる中、桃枝はほんの少しだけ考え込み始める。すると考えがまとまったのか、言葉を紡いだ。
「友人やら親友云々は置いておいて、だ。……お前は、初めてだぞ。【恋人】だけじゃなくて、俺がこうして親しくできる黒法師以外の相手として。学生の頃から後輩とは仲良くなんてなれなかったし、社会人になった今だって部下とは……な?」
「ボクが幼稚なワガママを口にしてしまったせいで、悲しいことを言わせてしまってスミマセン……」
「俺はお前を笑顔にしたくて言ったんだから、その顔はナシだろうが」
憐れみ、同情。山吹の目は、素直に『可哀想』と告げている。
桃枝はため息を吐き、昼食を再開した。正直に『俺はこの状況にかなり満足している』と告げても良かったのだろうが……。
「でも、大丈夫ですよ。ボクは友人もいませんし、必然的に親友もいません。ボクの全部、課長のものです」
妙な慰め方をしてくる山吹を相手に、なんとなくそう、桃枝は言いたくなかった。
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