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山吹は日替わり定食を、桃枝は唐揚げ定食を頼み、いざ実食の時。
「お味噌汁、温まりますね。お米もおいしいです」
「そうか。お前の口に合ったなら、良かった」
味噌汁を啜り、漬け物と米を口にする。満足そうに頷く山吹を見て、桃枝は瞳を細めた。まるで、はしゃぐ子供を見守る親のような目だ。……そう桃枝に言えば、複雑そうな顔をされるだろうが。
食事を進める山吹を眺めた後、桃枝も箸を手に取る。小さな声で「いただきます」と呟き、桃枝も唐揚げを口にした。
「……うん。やっぱり、ここの唐揚げはうまいな」
「っ! そっ、そんなのっ、ボクの方がおいしく作れますっ!」
「大声で失礼なこと言うんじゃねぇよ」
謎の対抗意識を向けられた桃枝は複雑そうな顔をするも、すぐにしみじみといった様子で頷き始める。
「だがまぁ、確かにうまかったな。お前が弁当に入れてくれた、手作りの唐揚げ。冷めてもうまいんだから、大したもんだ」
「えっ。……ん、へへっ」
「は? なんだよ、その顔。可愛いだろうが、オイ」
すぐさま、桃枝から頬を撫でられた。山吹は目を丸くし、撫でられた部分と同じところを拭う。
「ボクのほっぺ、なにか付いてました?」
「いや。ただ俺が、お前の頬を無性に触りたくなっただけだ」
「えっ? ……あっ、わ、分かります。ボクはほっぺも魅力的な男、ですからね」
「そうだな。赤くなった頬も魅力的だと思うぞ」
「わざわざ指摘するなんて、デリカシーがなさすぎですよ、もう」
気恥ずかしいが、嬉しい。山吹は堪らず、はにかむ。
すると、笑う山吹を眺めた桃枝が不意に、普段では見せないような柔らかい微笑みを浮かべた。
「良かった。お前がこうして、笑ってくれて」
呟くと、桃枝は微笑みをそのままに言葉を続ける。
「お前、あまり【デート】とかっていう分かり易い恋人同士の関わりとか、たぶん得意じゃないんだろ。俺もお前とのデート以外は経験がねぇし、お前に嫌な顔とかさせちまったらどうしようかって思ってたんだよ」
「ボクとの、デート……」
「最近は、なんて言うか……悲しい顔ばかり、させちまってたし。だからかもな。余計に、お前の笑顔が嬉しく感じる」
桃枝の笑顔だって、山吹にとっては貴重で大切だ。そう言うのは、簡単だった。
だが、きっと違う。桃枝が愛おしそうな眼差しを向け、嬉しそうに言葉を紡いでいる理由は、山吹が抱く気持ちとは違うのだ。
「課長にとっての、初デートと言う貴重な経験。その相手がボクだったのは、嬉しいです。だけど、ボクが企画した初デートは、その、えっと。……下心、が、いっぱいだったから……っ」
だから山吹は、素直に向き合う。落ち度だらけだった初デートを、桃枝相手に告白した。
するとまたしても、山吹の頬を桃枝が指で拭う。依然として、微笑みを浮かべたままに。
「恋人相手に下心があって、なにが悪いんだよ」
山吹が言う『下心』の意味を理解していないから、なのか。それとも、理解したうえで言っているのかは、山吹には分からなかった。
それでも分かるのは、桃枝から向けられる愛情だ。山吹は赤面し、桃枝から顔を背ける。
なにか、返さなくては。赤くなった顔をどうすることもできないまま、山吹は言葉を発した。
「──ボク、も。課長が相手、なら。やましい下心があっても、いいです……っ」
「──なんで『やましい』限定なんだよ」
あまり、思った通りの返事にはならなかったが。
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