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 では、改めて。  山吹は桃枝の頬に触れながら、瞳を細める。 「課長──白菊、さん。……お誕生日、おめでとうございます」 「あぁ」 「三十三歳の白菊さんも、だ……だい、好き、です……っ」 「……っ。あ、あぁ。ありがとう」  ただでさえ気恥ずかしいのに、照れくさそうな山吹を見てさらに気恥ずかしい。桃枝は山吹の腿に頭を乗せたまま、なんとも気まずそうに瞳を逸らした。  しかしすぐに、桃枝は山吹を見上げる。 「体は勝手に年を取っていくもんだが、心ってのは誰かと関わらないと成長しないもんだよな」  すぐに「まぁ、お前が気付かせてくれたことだがな」と付け足す。 「ありがとな、緋花。祝ってくれたのも、俺に充実した一年をくれたのにも。……これからも、俺のそばにいてくれるって決めてくれたことにも」 「こちらこそ、ありがとうございます。ボクのワガママを、いっぱい聴いてくれて」  桃枝は体を起こし、それからすぐに両腕を伸ばした。腕を広げる桃枝を見て逡巡したものの、山吹はその胸に自らの意思で飛び込む。 「課長と出会えて、良かったです。こうして、誕生日を『おめでとう』って言えることが、こんなに素敵なことだって……そう、知ることができましたから」 「そんな大それたことをしてやれた気はしないんだがな」 「いいえ。課長は、ステキな人です」  すり、と。桃枝の胸に、顔を寄せる。 「うまくいかないときも、太陽は必ず輝いています。だから、人生の明るい部分を見つけて生きていきましょうねって。そんなことわざみたいなことを、課長が教えてくれました」 「【Every cloud has a silver lining. 】か。いい言葉を知ってるな」  どんな黒い雲も、裏側は太陽に照らされて銀色に輝いている。……つまり、どんな絶望の中にも希望はある、という意味だ。山吹が今しがた告げた言葉でもある。  ことわざを口にした桃枝はふと、山吹を見た。そして、思わず目を丸くしてしまう。 「……ん? なんだよ、山吹。人の顔をジッと見て」 「今の、英語の発音……カッコ良かったから、もう一回言ってほしいです」 「そう言われると、さすがの俺でも言いづらいんだが」  どうやら山吹は、ことわざよりも桃枝の方に興味津々な様子だ。ぽぉっと見惚れた様子で、桃枝を見つめている。  気まずそうに桃枝が視線を外したのを見送ってから、山吹は小首を傾げた。 「ところで、課長。誕生日プレゼント、ホントになくていいんですか?」 「あぁ、いい。それに、この前のデートで互いの寝間着を買い合っただろ。それが、俺にとっての誕生日プレゼントだ。……と言うか、それを言うと俺もお前に誕生日プレゼントを渡してないな」 「ボクだって、課長に買っていただいた服がプレゼントです。そのくらい、嬉しかったんですから」 「なら、今年の誕生日プレゼントは服だな」 「ですね」  他愛もない話が、幸福でいっぱいだ。幼稚な感想だが、これが山吹の素直な気持ちだった。 「三十三になっても、俺はなにも変わっちゃいないみたいだ。今日も、お前が可愛くて仕方ない」  微笑みを向けられて、山吹の胸はドキリと高鳴る。 「好きだ、緋花」  真っ直ぐな言葉に照れてしまって、うまく言葉が返せない。だから山吹はわざと、ムードを壊すような発言をしてしまう。 「よく分かりませんが、こんなキラキラ王子様系な課長は解釈違いですぅ……ッ!」 「そうか。苦渋に満ちたその顔も可愛いぞ」 「わざとムードを壊しているんですから追撃しないでくださいぃ~っ」  まだまだ、桃枝とは一緒に過ごせる。来年の誕生日もきっと、同じ時間を共有しているはずだ。  そんな、実に山吹らしくない理想論。真っ直ぐと口説かれた山吹は顔を真っ赤にしたまま、レベルアップした桃枝から顔を背けた。 8.5章【どの雲にも銀の裏地がついている】 了

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