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あっさりと返り討ちに遭ってしまった山吹は、赤い顔のまま桃枝の頭を撫でる。膝枕は続行中だ。
「いつもは翻弄されっぱなしだったが、なるほどな。お前が俺を虐めたがる理由が分かった気がする。俺の言葉ひとつで赤くなるお前を見るのは、なかなかどうして気分がいい」
「なっ! ……せ、性格が悪いですよ、まったくもう」
「鏡を見てから言えよな馬鹿ガキ」
どの口がと言いたげな目で、桃枝から見上げられる。
「ありがとな、山吹。俺を、好きになってくれて」
「それはボクを照れさせようとして言ってます?」
「本心からの感謝だ。構えずに受け取ってくれ」
「そうですか。それなら、頂戴します」
むしろ、こちらこそ。そう口にするとやはり顔が熱くなってしまいそうで、山吹には言えない。代わりに、山吹は桃枝の頭を撫で続けた。
犬のように見えたかと思えば、猫のようにも見える。口説かれることに対して警戒心を剥き出しにした山吹を見上げながら、桃枝は笑った。
「なんですか? 人の顔をジロジロ見ないでくださいよ、エッチ」
「不快な思いをさせたなら謝る。……が、お前は凄いな。普通、このアングルで可愛いなんてないぞ」
「まったく、口が巧いんですから。でも悪い気はしないので、もっと見つめてもいいですよ」
「お前はお前だな。そういうところも好きだ」
「……今のは、照れさせようとして言いましたよね?」
「警戒しすぎだぞ」
なぜか、頬を撫でられてしまったではないか。山吹はムスッとした表情を浮かべつつも、その手を振り払いはしなかった。
そこで、ふと。桃枝が視線を移した。
「……なぁ、緋花」
「ひ、ばな。……えっと、は、は~いっ。課長だけの緋花くんですよ~っ? な、なんちゃって」
「俺だけの、お前?」
「あっ、ちょっと。……もう」
またしても、頬を撫でられてしまう。山吹はポッポッと頬を赤らめ、自身の周りに見えない花を飛ばした。
だが、違う。桃枝が今言いたかったのは、そういうことではない。
「って、そうじゃねぇ。……なぁ緋花、気付いているか?」
「はい? なにに、でしょうか?」
「──日付だ」
言われると同時に、山吹はハッとする。慌てて顔を上げ、山吹はスマホで時刻を確認した。
気付けば、水曜日から木曜日に。つまり、五月一日──桃枝の誕生日になっていた。
「こんなことを強請るのもおかしな話かもしれねぇが、許してくれ。……俺は、お前からの言葉が欲しい」
まるで、数日前の山吹のようだ。まさか桃枝も『誕生日を祝われたい』と思っていたなんて、驚愕に近しい感想は浮かび上がるが。
言葉が欲しいと強請るなんて、確かにおかしな話だが……山吹も、人のことは言えない。山吹は、桃枝のことは責めずに──。
「──言われなくたって、ボクから伝えるつもりでしたのに……っ」
「──なっ、なんで泣きそうな顔をするんだっ?」
──否。別の方向で、桃枝を責めた。
日付の変更にいち早く気付き、強請られずとも山吹から言葉を贈るつもりだったのに。涙目の山吹が言いたいのは、つまりそういうことだった。
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