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9章【負うた子に教えられる】 1
──太陽のような男だ、と。桃枝は本気で、山吹をそう思った。
道を照らしてくれて、真っ直ぐと育つことを応援してくれて、見守ってくれて……。温かな太陽のようだと、本気で思ったのだ。
けれど、山吹は太陽ではない。太陽はいつも孤高ながらも天高く、そして強く在ってくれるもの。そうでなくてはいけない存在だ。
しかし、山吹は違う。弱虫で、寂しがり。けれど人一倍、自分の感情を隠すのが巧いだけ。誰よりも、太陽への擬態が巧いだけの男だった。
それでも桃枝は、確かに山吹という光に救われたのだ。自分の過ちを見つめることができて、変わるきっかけを貰った。
山吹の放つ輝きが偽物でも、虚構まみれの嘘っぱちでも。それでも桃枝は、その光に力と勇気を貰ったのだ。
いつから、山吹を好きになっていたのか。明確なタイミングを、桃枝は口で説明はできない。
しかし、きっと。真っ直ぐと顔を上げて、視界に入った顔を見たあの瞬間。
『なんだ、できるじゃないですか。見つめ合うと顔が赤くなるとか、そういう面白い反応を期待していましたのに』
その顔を見て、桃枝は思った。
ずっと、この男には笑っていてほしい。初めて抱いた他人への温かな感情に、桃枝は名前が付けられなかった。
だが、今なら分かる。桃枝があの日、初めて山吹の笑顔を直視したあの日からきっと、ずっと──。
「──ん、ッ。朝、か……」
低く、渇いた声。まぶたを開くと同時に、桃枝は呻くように呟いた。
ここ数日、毎日が慌ただしかった。仕事でも然り、プライベートでも然り。五月の中旬に差し掛かった今、桃枝はようやく平穏な日々を過ごせている気がする。
上体を起こし、依存症でもないくせにスマホを探す。これはこの数ヶ月で身に付いた習慣だ。
目的は、ひとつ。愛する恋人に起床のメッセージを送るためだ。
メッセージを送るようになった初めの頃は、本当に挨拶のみを送っていた。ただ一文『おはよう』とだけ送り、相手から『おはようございます』と返事が来る。
たったその一往復のやり取りが、桃枝にとっては嬉しくて嬉しくて仕方なかったのだが……おそらく、相手はそれを知らないだろう。
それから少しして、挨拶以外にもメッセージを添えるようになった。自分の気持ちを分かり易く相手に伝えるべきだと、気付いたからだ。
そして、ここ最近。つい数日前からまた、このやり取りに変化が起こった。
「しまった。今日は、あっちの方が早かったか」
いつもは桃枝が送らない限り発生しなかったメッセージのやり取りが、ついに相手からも始まるようになったのだ。
今日は、相手から先にメッセージが送られている。
『おはようございます』
『今日はお弁当を作りすぎてしまったので、良ければお昼にいただいてほしいです』
『ホントにホントに作りすぎちゃっただけですからね!』
『変な勘違いとかされたら困っちゃいます!』
『だから勘違いしないでくださいね!』
「──まだなにも言ってねぇだろうが」
こういう言い回しを『ツンデレ』と言うらしい。最近、そう知った。
桃枝は睡魔以外の理由で瞳を細めつつ、メッセージを返す。
『おはよう』
『朝から俺は気分がいい』
『愛してる』
まるで日本語を覚えたてかのように、ぶつ切りのメッセージ。達成感に満たされた桃枝は、スマホを置いてから出勤の身支度を始めようとして──。
「しまった。弁当に対する返事を失念した」
募る想いばかりが先行していたと気付く。今日も自分は未熟だなと反省し、桃枝はスマホを握り直した。
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