293 / 465
9 : 29 *
よほど、我慢が堪えたのだろう。山吹の射精の勢いが、普段より凄まじいように思える。迎えた絶頂で、山吹が自らの顔に精子を付けてしまうほどに。
自分の顔に精子を飛び散らせた山吹は、ガクガクと内腿を震わせながら呟いた。
「やっ、はぁ、あ……っ。セルフ顔射、なんて……は、初めて……っ」
「……ッ」
「ん、あっ! 課長の……今、ビクッて震えました? セルフ顔射、好きなんですか……?」
「お前マジでさっきから変な扉ばっかり開けさせようとするんじゃねぇよ、エロガキ……ッ」
素直に言おう。目覚めかけた。それはもう、色々と未知な面に。自分より一回りも年下の男に種付けしながらなにを、と思われるかもしれないが。
……桃枝白菊、三十三歳。本人は知らない話なのだが、実は生まれ持った顔付きと普段の態度から、周りには『Sっぽい』などと噂されている。
が、本人にはその気がない。それはもう、欠片も微塵もないのだ。誰がなんと言おうと、本心から。
……だが、しかし。
「あまり意識したことはありませんでしたが、確かに……課長って、少しサディスティックな面があるかもしれませんね……っ」
恋人からもそう言われ『もしかするとそうなのでは』と。僅かに、考えなくもないとか。
汚れてしまった山吹の顔と体をティッシュで拭きながら、桃枝は深く悩み始めた。
* * *
それから、数日後。昼休憩時間を迎えた、職場にて。
「山吹。これ、やる」
まるで日本語を覚えたての外人かの如く単語のみを発しながら、桃枝は屋上へ向かおうとしていた山吹を掴まえていた。
桃枝が『これ』と言いながら手渡したのは、キーホルダーだ。先日、山吹が女性職員に渡した物と同じキャラクターの。
「えっ? これ、この前の……? もしかして、取り返したんですか?」
「なんでそうなるんだよ。ちゃんと出るまで回したっつの」
「課長がしゃがみ込んで、カワイイキーホルダーを必死に収集している姿……。ズルいです、そんな楽しいことをしていたんですね。見たかったです」
「俺が良かれと思ってしたことに対して、お前はいつもよく分かんねぇ反応をするよな」
本当に卒業したのかと疑うも、山吹は自分の態度が良くなかったと気付いたらしい。
「あっ、スミマセン。えっと、嬉しくて……照れ隠しを、してしまいました。ごめんなさい、ボクの悪いところですね」
「……嬉しいのか?」
「はい、とても。だから、そんな食い入るような目で見ないでください。顔が赤くなっている自覚があるので、さすがに恥ずかしいです」
「わ、悪い」
ならば、キーホルダーの譲渡を手早く終えよう。桃枝は山吹の手に、キーホルダーを置く。
山吹は照れくさそうにキーホルダーを受け取り、礼を言おうとして。……なぜか、桃枝の手を凝視し始めた。
「課長の手袋、いつもと違いますね。新品ですか? 見覚えがないような……?」
「あ、あぁ。新品だから、な。見覚えがなくて、当然だ」
「ヤッパリ!」
ふと、山吹が以前『自分以外に興味がないので髪形の変化に気付かない』といった内容の会話をしていたと、桃枝は思い出す。
ゆえに、桃枝は驚いてしまった。
「……よく、分かったな。同じ黒色なのに」
桃枝白菊、三十三歳。未だに【サディスティック】というものは、よく分かっていない。
補足するのならば、桃枝はアニメ文化に触れてこなかったため、キャラクターが持つ【属性】と言うものすら知らなかった。
……だが。確実に分かることが、ひとつだけ。
「──課長のことは、いつも見ていますから。課長だけは特別なので、なんだって気付いちゃいますよ。……なんちゃって、えへへっ」
──自分の恋人は、小悪魔だ。これはもう絶対、確実に。
今日も恋人が可愛いと幸福を噛み締めつつ悶えながら、桃枝は山吹の頭を撫でたい衝動を必死に堪えた。
9章【負うた子に教えられる】 了
ともだちにシェアしよう!