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 山吹が蒔いた種とはいえ、山吹の説得により事なきを得たらしい。  ようやく冷静さを取り戻した桃枝は、掴まれた手で山吹の手を握り返した。 「ヤッパリ、迎えに行くべきだったな。悪かった、山吹」 「……っ」  山吹は必死に、首を横に振る。  悪いのは、桃枝ではない。言うまでもなく、黒法師でもなかった。だから必死に、山吹は首を横に振った。  ……ならば、悪いのは青梅なのか。きっとそう問われたら、山吹は──。 「──なぁなぁ、お腹空かへん? ここら辺でおいしいご飯屋さん、案内したってや」  二人の世界なんて構築されてたまるか。まるでそう言いたげな面持ちで、黒法師はポンと外食を提案してきた。  すぐに、山吹と桃枝は揃って黒法師を見る。 「「……」」 「堪らん目やわぁ。僕、二人のこと大好きやで」  まさか睨みを送った後で『大好き』と言われる日がくるとは。二人はご満悦と言いたげな黒法師の笑みを見て、同時にため息を吐く。  だが、二人が落胆していようと呆れていようと関係ない。黒法師は自分のペースを一切乱すことなく、意気揚々と言葉を続けた。 「山吹君を食事に誘ったんやけど、袖にされてしもてな。せやけど僕、もうお腹ぺこぺこなんよ」 「知るかよ。勝手にどっかの店に入ってろ」 「普段以上に冷淡で辛辣やなぁ、白菊? 滾ってまうやろ」 「お前は本当に……」  桃枝は呆れた様子で黒法師を見ているが、黒法師はそれすらも嬉しそうだ。性格に難がある、なんて言葉で収まる男ではない。山吹にはよく分からない感性だ。  などと、どこか他人事のように黒法師を眺めていると。不意に、黒法師の細められた瞳が山吹に向いた。 「山吹君も白菊と同意見? 僕、一人でご飯食べた方がええと思う?」 「えっ? それは、ボクの意見はモチロン──」  すぐに、山吹は言葉を区切る。  黒法師の目が、もの言いたげに山吹を見ているのだ。まるで、蛇が獲物を絡め取るかのような……そんな、怪しげな瞳が。  瞬時に、山吹は気付く。ここで黒法師を放置すれば、きっと黒法師は青梅との出来事を桃枝に話すだろう。それは最も避けたいルートだ。  となれば、山吹が答えるべき【意見】は決まってしまう。 「……ボクも、お腹。すいて、きちゃいました」  冷静に考えてみると、たかが数十分がなんだ。青梅とのやり取りを知った桃枝に不要な心配をさせてしまうくらいなら、食事くらいなんてことはないだろう。  それに、今は二人きりではない。桃枝だっているのだ。桃枝がいてくれるのなら、山吹に恐れるものはなにもない。  といった具合に、山吹は色々なものを天秤に掛けたのだが。黒法師は勿論のこと、桃枝は気付いていない。  とにもかくにも、黒法師としては望んだ展開だ。ニッコリと、それはそれは嬉しそうな笑みを浮かべた。 「決まりやね。早速やけど、白菊。車出してや」 「別にそれはいいんだが……山吹、本当にいいのか?」 「はい、大丈夫です。本当に、今回は黒法師さんとなにもなかったので。だから、心配しないでください」 「お前がそう言うなら、俺はお前を信じるぞ」 「なんで僕、こないな扱い受けとるんやろ」  あまりにも散々な扱いと認識だ。黒法師は不服そうに文句をぼやく。  ……それでも、笑顔なのには変わりなかったが。

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