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 ということで、三人がやって来たのは釜飯が食べられる定食屋だ。  桃枝は和食が好きなのだろうか。好きな店を訊いた際も定食屋を挙げていただけに、可能性は高い。山吹はそっと、心の中で『和食のレシピを増やそう』と誓う。  各々が食べたいものを注文した後、黒法師は頬杖を突きながら山吹を見つめた。 「なぁ、山吹君。せっかくやし、僕に『あーん』ってしてくれへん?」 「……」 「ええ顔してるねぇ」  彼氏がすぐそばに居ると言うのに、なぜ黒法師はこうもふざけているのか。隣に座る桃枝の袖をつまみつつ、山吹は黒法師を睨んだ。  すぐに、桃枝が仲裁に入る。 「水蓮、やめろ。山吹からの『あーん』なんて、俺だってされたことがねぇんだぞ」 「あっ、そうなん? ならなおさら、僕にしてくれへん?」 「「……」」 「二人してやめてやぁ。そんな目で見つめられたら、昂るわぁ」  正確には『見つめている』ではなく『睨んでいる』なのだが。さすが、黒法師だ。どんな負の感情も悦びとして受け止めている。むしろ『もっとちょうだい』と言いたそうなほどだ。  分からない。いったい、黒法師はどうしてこんなに可笑しな男なのだろう。山吹は眉を寄せたまま、浮かんだ疑問を本人に問う。 「──黒法師さんって、どうしてそんなに性格が歪んでしまったんですか?」 「──そないストレートに罵られたのは初めてや」  しかし、笑顔。黒法師は姿勢をそのままに、山吹を見る。 「実は僕、子供の頃はいじめられっ子やったんよ。上履きを隠されて、教科書を滅茶苦茶にされて、机の中にけったいな物を仕込まれて……。幼少の頃にきっと、僕は人として大事ななにかを踏みにじられたんやろね。僕の人となりが君にとって奇怪に見えとるんなら、きっと幼い頃の経験が僕をそうしたんやろなぁ」 「へぇ」 「あっ、全く信用されてへんな、僕。まぁ、今の話は全部嘘やけど」  すぐさま、桃枝の表情がより一層険しくなった。当然だ。桃枝は【嘘】が嫌いなのだから。 「せやけど、仮に今の話が実話だったとして。それ以上の聞くに堪えない経験があったとして、それで? 僕に【どうしようもない事情】があったら、君は僕を好きになれるん?」 「それは……。……イメージ、できません」 「せやろ。だって、僕が過去にどんな経験を積んだとしても、今目の前に居る僕と君には関係あらへんもん。仮に僕が誰かに酷い仕打ちを受けたとして、それは僕が君を虐めていい理由にはならへんからね」 「確かに、そうですね」  山吹が幼少の頃、両親からどんな育て方をされていたとしても。学生の頃に青梅とどんな関係を築いていたとしても、それは桃枝には関係がない。  だから山吹は、桃枝に対して非礼まみれの男だった、と。まるで、そう言われているような気持ちだ。 「……ボク、ヤッパリ黒法師さんって苦手です。話していると、すぐに黒法師さんのペースに引き込まれると言うか、呑まれてしまう感じがして」 「ほんまに? 僕、もしかして口先で人をどうこうする職業の方が向いてるんやろか? ……なぁ、白菊? 白菊はどう思う?」  まさか、こんな形で諭されるなんて。山吹が不服そうに唇を尖らせている横で、話題を振られた桃枝はと言うと……。 「──お前が将来的にどこへどう転職しようとどうでもいいが、なんでさっき山吹に嘘を吐いた」 「──あっ、こわぁ……」  ずっと、黒法師が【現状全く必要のない嘘を吐いたこと】を根に持っていた。

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