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 特に大きな波乱を起こすこともなく、三人は無事に食事を終えた。 「嗚呼っ、楽しかった~っ! 僕、こんなに心躍る食事は久し振りやったわ! 二人共、おおきにっ!」 「そうか……」 「それは、なによりです……」  ……と思っているのは、黒法師だけだが。  二人を茶化し、言葉や表情で操作し、存分に【嫌悪】を引き出した。剥き出しにされた二人の負の感情を一身に受けた黒法師は、なぜか肌ツヤが良くなっている。  対する二人は、黒法師に散々遊ばれて疲弊していたが。これは黒法師と食事をすると決めた時点で分かっていたことだ。受け止めよう。二人は打ち合わせをしていないのに、同じことを同じタイミングで考えた。 「じゃあ、僕と白菊は会計を済ませよか。山吹君は外で待っとって?」 「いえ、前回もお二人に奢ってもらったので今回はボクが──」 「あまり喜ばしくはないが、この件に関しては水蓮と同意見だ。悪いが、少しの間だけ外で待っててくれないか」 「うっ。言葉は優しいのに、凄まじい圧を感じます……」  またしても年上二人に奢ってもらうこととなった山吹は渋々、一足先に退店しようとする。  山吹が背を向け、歩き出して。少し離れてから、二人を振り返ると。 「せや。白菊、ちょっと」  ──黒法師が、桃枝に【なにか】を耳打ちしていた。  内容は、聞こえない。唇の動きも読めなかった。ゆえに、山吹の顔色は徐々に悪くなっていく。 「は? お前、なに言ってんだ?」 「さて、なんやろね? 強いて言うなら『意地悪な男の勘』ってやつや」 「ますます意味が分かんねぇ」  耳打ちをされた白菊は、ただただ不可解そうに眉をひそめていた。どうやら桃枝は、黒法師から告げられた言葉の意味を理解できていない様子だ。  だが、問題はそこではない。山吹はすぐに、二人へ駆け寄った。 「──今、なにを話していたんですか……ッ」  黒法師がこのタイミングで桃枝に告げる内容なんて、山吹にとって喜ばしくない話に決まっている。  完全に、油断していた。【食事】というミッションを終えたことに達成感を抱いていた山吹は、内心で自分を叱責する。  この男が、素直に引くわけがない。山吹は黒法師を睨み付け、今にも噛みつきそうな気迫を放つ。  対する、黒法師はと言うと……。 「別に? 君には関係のない話や」 「またそうやってウソばっかり──」  平然とした態度で答える黒法師に、山吹の怒りは募った。  だが、山吹は次の瞬間。……堪らず、硬直してしまった。 「さっきのクラスメイト君の話はしてへんよ。約束したやろ」  黒法師が突然、距離を詰めてきて。  山吹の耳元に、唇が寄せてきたのだから。  人との接触が得意ではない山吹は、耳を抑えて素早く後退りする。そして、近くにいた桃枝の背後に回った。 「あっははっ! ちょっと、おたくの山吹君ツン激しめやない? どういう教育しとるん?」 「ここまで心底ツンツンしている山吹はかなりレアだぞ。少なくとも、俺にはしない」 「まさかとは思うけど、白菊。レアな山吹君が見られて、喜んどる?」 「多少。お前の行動は許せねぇが、真っ先に俺を頼って隠れた山吹が可愛くて堪らねぇ」 「えげつなぁ……」  山吹をしっかりと背後に隠しながら、桃枝は感慨深そうに頷く。  黒法師が取った行動は許せないが、それ以上に山吹が咄嗟に取った行動の方が重要らしい。告げられた言葉に赤面した山吹は、すぐに自分の反射行動を恥じた。

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