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 青梅だ。ヘラヘラと笑みを浮かべながら挨拶を送ってきたのは、間違いなく桃枝の悩みの種──青梅だった。 「お前、まだ帰ってなかったのか」  山吹にメッセージを返した桃枝は、すぐにスマホをしまい込む。それから平静さを装い、青梅に返事をする。  とは言っても、桃枝はいつだって表情が険しい。桃枝のことをあまりよく分かっていない青梅からすると『なんか怒ってるなぁ』という感想だ。桃枝が装う【平静さ】とは、与えている印象が違った。  だが、そんなことはお互いどうでもいい。今の二人は【課長職の男】と【新入社員の男】という関係性だ。愛想が良かろうが悪かろうが、定時を過ぎているのならどうだって良かった。 「サッサと帰れ。会社は雑談をする場所でもなければ、暇を潰すような場所でもねぇんだぞ」 「さすが桃枝課長ですね。言うことが他の人とは違います」  なぜ、青梅が会社に残っているのか。まだ試用期間中の青梅には、会社に残るような理由がないはず。  正直に言うと、桃枝には公私混同をしている自覚があった。だが、どうしたって警戒をしてしまう。なによりも大事な山吹が絡んでいるのだから。  そして、その警戒は奇しくも意味を持ってしまった。 「──だからこそ余計、愉快ですよね。桃枝課長は職場を『部下とイチャイチャする場所だ』って思ってるんですから」  声のトーンが、変わったわけではない。表情だって、理由の分からないにやけ面のままだ。  なのに、桃枝は珍しく察してしまった。 「駄目じゃないですか、桃枝課長。いくら事務所の人間が昼飯を食いに誰もいなくなったとしても、部下とイチャイチャするのは家に帰ってからにしないと」  ──青梅に、圧を掛けられている。……と。  咄嗟に、昨日を──山吹の頬を撫でた昼休憩を思い出す。  青梅の、この口振り。間違いない。青梅に、見られていたのだ。  桃枝は内心、動揺した。だがしかし、それを表に出す理由はない。桃枝が狼狽えたところで、現状になんの意味も生まないのだから。  むしろ、桃枝は『丁度いい』とすら思ってしまった。 「俺は嘘が嫌いだ。ついでに、鎌をかけるのも遠回しになにかを問い質すのも得意じゃねぇ」 「つまり?」 「──単刀直入に言うぞ。今後、山吹には仕事以外で関わるな」 「──お断りします、と言ったら?」  素早い返事に、桃枝は驚く。さすがにこの反応は予想外だったからだ。  今まで、桃枝が睨んで怯まなかった相手なんて片手の指で数えられるほどしかいなかった。こんなに堂々と向き合ってきた相手なんて、桃枝のデータベースには希少すぎるのだ。  今まで、相手を怯ませるために動いたことはなかった。……が、今回はそのくらいの気合いを入れて青梅を牽制したのだ。  なのに、結果はこれ。青梅はポケットに両手を突っ込み、どこまでも余裕そうな態度で桃枝と対峙している。 「アイツはオレのオモチャなんですよ。それに、アイツとは利害関係が一致してる。お互いに納得して、メリットとデメリットを分かり合ったうえでつるんでいたんです。むしろ、今の牽制はオレが言いたいくらいですし、オレが言うべきセリフだと思いませんか? ねぇ、ぽっと出さん?」 「……なん、だと?」  青梅は今、ハッキリと『山吹はオモチャだ』と言い切った。桃枝の表情がより険しくなり、語気が強まるのは当然だ。 「お前、今なにを──」  デスクに置いた片手が、勝手に拳を作っている。おそらく今の桃枝は、相当恐ろしい表情をしているに違いない。  だが、それでも。 「あれっ? もしかして桃枝課長、知らないんですか?」  青梅は、仕掛けてきた。 「──オレと山吹が、つい最近まで付き合ってたってこと」

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