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 強引に対面させられて、山吹は気付く。 「勝手にオレの人となりを決めつけるなよ」  いつ誰と話すときも笑みを浮かべて、どんな悪辣な言葉を投げてくるときだって笑みを絶やさなかった青梅が。 「って言うか、なに? アンタ、酷くされるのが好きだったんじゃないの? オレが優しくしたら、ガタガタ震えて叫び出したことだってあったじゃん。それなのに、今さらなに言ってんの? 自分勝手で都合良すぎ」  こんなにも分かり易く、山吹に怒りを向けていたなんて。両腕を壁に押し付けられた状態の山吹は、気付けなかったのだ。  青梅が、怒っている。原因は、明らか且つ確実に、山吹だ。  すぐに山吹は、青梅に言葉を返す。山吹は決して、青梅を怒らせたかったわけではないからだ。 「それはっ、あの頃は父さんが『甘えちゃダメ』って言うから……っ。でも、ちゃんと間違いだって気付けたから、だからオマエに謝って──」  山吹はただ、青梅を【弱い山吹】から解放したくて。謝ってチャラになることではないにしても、それでも青梅に自分の気持ちを伝えたかったから。  けれど、青梅からすると。 「──それで? オレとのなにかを【あの人】に知られると都合が悪いから、オレを切り離すってこと?」  山吹の言動は、怒りの対象にしか見えないらしい。  山吹の腕を掴む青梅の手に、力が籠る。堪らず山吹は、痛みに顔を顰めた。 「アンタの言い分は分かった。けどさ、それって【あの人】の洗脳なんじゃないの? アンタが父親にされたのと同じで【あの人】もアンタを自分の都合のいいように使おうとしてるんじゃないの? アンタ、チョロイもんな。騙されちゃって、カワイソー」 「な、に……言って。そっ、そんなワケない! あの人はそんな人じゃないっ!」 「はぁ、あっそ。呆れて失笑だわ、失笑。だってアンタ、父親に対しても同じこと言ってなかったっけ? 確か『父さんはいい人だ。だから、父さんがボクにすることには間違いなんてない』とかなんとか……。なぁ、言ってたよな?」 「ッ!」  山吹にとって、両親は絶対。そう教育をされていたし、そう信じなくては生きていけなかった。だから山吹は、そう思い込んでいたのだ。  だが、思い込むことで逃避を続ける山吹を救ってくれたのは桃枝で。だから、桃枝が気付かせてくれたことが今の山吹にとっての世界なのに。 「アンタが欲しいものを与えられないから、自分で与えられるもので悦ぶようにアンタを調教した。アンタが言う【あの人】ってのは、そういう人なんじゃないの?」 「ちっ、ちが──」 「──やめなよ、そんな奴。アンタが欲しがるものをあげられるオレを選んだ方が、アンタはずっと幸せなんだからさ」  山吹がどんな幼少期を過ごし、どんな思いで日々を過ごしていたのか。青梅は桃枝以上に、リアルタイムで見ていて知っている。  そんな青梅に『間違いに気付けました』と言って、信用されるはずがない。そう気付いて、気付けたと言うのに──。 「おう、め? なに、なんで──や、やだっ! 離してっ、離してよッ!」  青梅が、山吹に顔を近付けてきたから。山吹は青梅に言うべきことを、伝えられなかった。

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