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青梅が去った後も、山吹は泣き続けた。
最早なにが悲しくてなにが苦しいのかも明確に分からなくなったまま、それでも山吹は泣き続けて……。数分、数十分経ってから。
「ごめんなさい。服、汚しちゃって……ごめんな、さい」
「やめろ、山吹。俺のスーツはどうなってもいいから、目を乱暴に擦ろうとするな」
ようやく落ち着きを取り戻した山吹は桃枝の胸元から顔を上げて、目元を拭おうとした。
すぐに桃枝は山吹の手を握り、阻止する。そうされてももう、山吹は涙を流さなかった。
「落ち着いたか?」
「はい。メーワクをおかけしてしまい、申し訳ございませんでした……」
「馬鹿が、迷惑なわけねぇだろ。むしろ、俺の方こそ……っ」
すっかり委縮してしまっている山吹を見て、桃枝は言葉を詰まらせる。
不意に思い出したのは、黒法師の言葉。桃枝が目を離した結果、山吹を傷つけてしまったのだと……不本意ながら、実感してしまった。
なにをどこまで、黒法師が予見していたのかは分からない。だがそれでも、桃枝は黒法師が言った通りに【分からなくても】山吹を見ているべきだった。
悔やんでも、もう遅い。己を責めながら、桃枝は山吹に頭を下げた。
「悪かった、山吹。昨晩、お前を必要以上に責めたこと。それと、今も……お前を傷つけて、泣かせたことも。本当に、悪かった」
ふるふると、山吹は首を横に振る。山吹としては責められる理由があっても、桃枝を責める理由はないと思っているのだろう。山吹はそんな、優しくて弱い男なのだ。
「ボクの方こそ──ボクが、悪かったんです。ごめんなさい、課長。昨晩は課長に不愉快な思いをさせてしまって、今だって青梅と……」
あの状況を見た桃枝なら、きっと『山吹が青梅を誘ったと思う』と。そう、山吹は思っているのだ。
だが、なにをどう見たってそう思えるはずがない。山吹は泣いていて、しかも青梅が強引に山吹を壁に追い詰めていたのは明白だ。山吹が危惧するような印象を、桃枝が受けるはずがない。
それでも、山吹は泣きそうな顔で委縮している。これは全て、昨晩取った桃枝の態度が理由だ。
人一倍、他人からの怒号を恐れて。人一倍、他人からの嫌悪と憤怒に怯えている。山吹の心が脆くて弱いと、桃枝は知っていたのに。
俯いた山吹は、黙った桃枝と対峙してなにを感じたのだろう。いつ怒鳴られるか分からない恐怖を抱えているくせに、それでも山吹は言葉を紡いだ。
「ボクも、課長に好意を明確に伝えたくて。だけどボクは今まで、酷いことをすることでしか、好意を伝える方法を知らなかったから。……だけど、課長はそれが間違いだってボクに伝えようといてくれていたって、少しずつ分かって。だから、だから……っ」
握っている拳が、震えている。声も、肩だって震わせていて。
「分かった気になって、浮かれて、はしゃいで。課長の気持ちも考えないで、お揃いなんて用意して……怒らせて、ごめんなさい……っ」
どうして、山吹の弱さを知っていたくせに。
「……ま、さか」
青梅が嘘を吐いていると分かっていたのに、どうして。
「──この前、俺に見せた【お揃い】は……俺と、お前の……?」
どうして桃枝は、ここまで言われないと気付けなかったのか。コクリと頷いた山吹を見て、桃枝は愕然とした。
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