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山吹と桃枝は全くもって同音異義語なドキドキ感を抱きながら、映画鑑賞を始めた。
主人公が、本当の父親を探す物語。山吹は初め、青梅からそう言われた時に『そんなもの、すぐ分かるだろう』と思っていたのだが……驚きだ。全然、分からない。
と言うのも、主人公の母親がそれはもう節操無しの極みたるような女なのだ。過去の男性関係を探ってみると、次から次へとタイプの違う男が現れた。登場人物を覚えるのが大変なくらいだ。
だが、そうして主人公が出会った男性たちは次々と事件に巻き込まれていき……。青梅が言っていた通り、ハラハラ感満載なストーリーだ。手に汗を握りながら、二人は映画の内容にのめり込んでいく。
中盤に差し掛かっても、主人公の父親が分からない。そしてなにより、主人公の母親がいったいどういう女なのかも分からなくなってきた。
そうして、映画に熱中していたものだから。二人はすっかり、映画鑑賞を始めた瞬間に抱いていた【ドキドキ】を忘れてしまっていた。
「……んっ?」
異変に気付いたのは、山吹だ。オレンジジュースが入ったグラスを両手で持ちながら、眉を寄せて声を漏らす。
おかしい。主人公が突然、母親の元交際相手と濃厚すぎるキスを始めたのだ。話の流れとして違和感はなかったが、それにしたって濃厚すぎる。
これでは、鑑賞の際に年齢制限が設定されてしまうような展開に突入してしまうのでは。山吹は一先ず、くぴっとオレンジジュースを飲む。
そして、ついに──。
「──えっ。なんか、あの、主人公が母親の元交際相手と、えっ? ……セックスを、始めたのですが……?」
二人が、裸になった。山吹は驚いて、コップを置いた後に桃枝の袖を引いてしまう。
いくら演技とは言え、給料が発生するとは言え、役者が台本に同意の上とは言え。映画というコンテンツは役者にここまでさせるのか。カルチャーショックじみたものを受けながら、山吹はクイクイと桃枝の袖を引き続ける。
「課長、あのっ。これって、えっと……見ていても、いいのでしょうか。……課長?」
何度も呼ばれ、袖を引かれ。さすがに『気付いていないフリ』を続けるのは、苦しいか。桃枝は苦渋に満ちた表情のまま、決して山吹の方は向かずに、そっと呟いた。
「これが、濡れ場だ」
答えた後、桃枝は恐る恐る山吹に目を向ける。
すると、なんということだろう。
「主人公が浮気をしている場面のことですか? それとも、エッチシーンのことですか?」
「後者だ。頼むから、そんなキラキラした目で俺を見るな……」
山吹が、あまりにもキラキラと眩しく輝く瞳を向けているではないか。
これでは、無知な子供にイケナイことを教えている気分になってしまう。そうした趣味が全くない桃枝の胃は、ただただキリキリと痛み始める。
しかし山吹はと言うと、ずっと謎だった【ぬれば】がなんなのか解明できて嬉しそうだ。「なるほど」と呟いた後、食い入るように濡れ場展開の映画を見つめた。
山吹は、アダルトビデオならラブホテルで見たことがある。それとこの映画の違いは、視聴者へ向ける【目的】だろう。アダルトビデオと違い、カメラアングルや行為の進み方が単調だ。
だが、そうした作り手の違いを差し引いても……なんだか、演技じみていて楽しくない。山吹は眉を寄せて、難しい顔を作る。
それでも『どうだ、エッチだろう?』と言いたげな、顔も知らない監督のあるかも分からない思惑を受信してしまい、山吹は唇を尖らせた。
「──ボクを抱く白菊さんの方がカッコいいですし、見ているとムラムラします」
「──その評価に俺は礼を言うべきなのか?」
そして始まる、妙な対抗。突然引き合いに出された桃枝はと言うと、心の底から『早く場面転換してくれ』と祈ることしかできなかった。
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