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 青梅から教えてもらった映画のタイトルを桃枝に共有して、数日後。  山吹は桃枝が暮らすマンションの一室で、いそいそと映画鑑賞の準備を始めていた。 「お前に教えてもらってから一先ずあらすじだけ読んだんだが、結構面白そうだったぞ。見るのが楽しみだ」  部屋の主、桃枝も同じく映画を快適に見るための準備を進めている。  一緒にスーパーへ行き、飲み物やスナック菓子を購入してからの映画鑑賞。実に健全なやり取りだろう。それがただただ山吹にとっては嬉しく、そして、楽しくて仕方なかった。 「ホントですか? それなら、リサーチして良かったです」  タイトルを教えてから、調べてくれたなんて。桃枝の私生活にほんの少し介入できたのだと知り、山吹は堪らずニマニマと笑みを浮かべてしまう。 「あぁ、ありがとな。お前は俺とのデートにこうして真剣に向き合ってくれるから、いい男だよ」 「えへへっ」  なんとも小さな理由で褒められた気もするが、頭を撫でてもらえるのならばありがたく頂戴しよう。褒められて嬉しいものは嬉しいのだから、口を挟むなんて野暮に決まっている。  本日も手袋を着用していない桃枝に素手で頭を撫でてもらった山吹は、至福と言いたげに微笑む。そんな山吹を見て、桃枝は一瞬だけ息を呑んだ。……いつものことだが。 「んッ。……ところで、飲み物はオレンジジュースでいいのか? さっき買ったやつ以外だと、茶ならあるが」 「オレンジジュースでお願いしますっ」 「あぁ、了解した」  桃枝が飲み物を用意してくれる間に、山吹はつまむお菓子の準備だ。どこからどう見ても、今日の山吹は分かり易く浮かれていた。  と言うのも、山吹の部屋には知っての通りテレビがない。初めは委縮と遠慮をして距離を取ってしまったが、今の山吹はテレビ画面でなにかを見ることにハマッているのだ。  ……ひとつ、訂正。【桃枝と】テレビ画面で見ることに、だ。 「待たせたな。ほら、飲み物」 「ありがとうございますっ」  飲み物をテーブルに用意してから、桃枝はリモコンを操作して映画を検索し始める。まさか地上波放送だけではなく、ネットと接続して好きな作品を見られるようになっているとは。テレビの進化に感動だ。  ……そう言えば、青梅がなにかを言っていたような。桃枝に伝えなくてはいけない、そこそこ重要な内容を。山吹は眉を寄せて、思考に耽る。  それからすぐに、山吹は思い出した。 「──ちなみにこの映画、激しめな『ぬれば』があるんですって」 「──なッ!」  口にした単語を受けて、桃枝に強い動揺が奔る。その狼狽えっぷりを見て、山吹は場違いにも瞳を輝かせてしまった。 「その反応を見るに、課長はヤッパリ『ぬれば』がなにかを知っているんですねっ! ちなみに、課長は『ぬれば』ってお好きですか?」 「えッ、はぁッ? お前ッ、なにを言ってるんだッ?」 「教えてください、課長! 『ぬれば』って、なんですかっ?」 「うッ、ぐぐ、ぬ……!」  今の桃枝は、例えるならば実の子供に『子供ってどうやってできるの?』と問われた父のような気持ちだ。  ただひとつ違うのは、ここでどれだけ桃枝が答えを先延ばしにしたところで【映画】という逃げられない正解が待っている、ということ。『コウノトリが~』と言って誤魔化せる状況ではないのだ。  ゆえに桃枝は、ピュアでキラキラな山吹の瞳からそっと視線を外して……。 「課長?」 「……はじ、まったら。教える、から……ッ」 「なるほど。口で説明するのは難しいんですね」 「そう、だな。ある意味で」 「よく考えると、先に知ってしまったら楽しみも半減してしまいますもんねっ! さすが課長ですっ!」 「やめてくれ、こんな理由で俺の好感度を上げないでくれ」  数秒前とは全く違う心境で、映画鑑賞を始めるのであった。

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