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 雑談をほどほどにし、青梅はスマホを取り出した。 「とりあえず、アンタの交渉は成功ってことでいいよ。教材は明日じゃなくてもいいから、そのうち持って来て」 「うん、分かった。じゃあ面白い映画教えて。眠くならないようなやつ」 「はいよ」  青梅はススッとスマホを操作し、映画のタイトルが分かるようにネットで検索を始める。 「それじゃ、ハラハラするようなやつ。主人公の子供が、自分の本当の父親を探す話。母親がそれはもう波乱万丈な人生を送っていて──……って」  すぐに、青梅の表情が暗くなった。 「あー、ごめん。家族ものは微妙か」  うっかりだ。こんな初歩的な部分を失念してしまうなんて。青梅はどう取り繕おうかと、しばし言葉を探す。  だが、意外にも山吹はサッパリとしていた。 「ううん、平気。気にしなくていいよ」  平静を装っているわけでも、露骨に落ち込んだり悲しんだりもしていない。山吹はありのままの状態で、青梅に『気にしていない』と伝えていた。 「ありがとね。気、遣ってくれて」 「……別に」  まさか、こうして山吹から素直に礼を言われる日がくるとは。これもまた、桃枝と出会ったことによる変化なのだろう。  気付くと同時に、なんとも苦い気分だ。青梅は微笑みを浮かべた山吹から視線を外して、スマホの画面を見つめ直す。 「とりあえず、タイトルはこれ。検索したらネタバレとか出てくるかもしれないから、そこは気を付けて。オチが分かると、初見での楽しさが激減するからさ」 「分かった。気を付ける」  ここで『映画のタイトルをコピペして送るから、連絡先教えて』と言えたらいいのだが。山吹が先にそう提案してこないのなら、言うだけ無駄だろう。  歯がゆい気持ちになっている青梅には気付かず、山吹は画面に表示されたタイトルを自分のスマホに打ち込む。随分と熱心だ。  山吹を見下ろしたまま、青梅はハッとした様子で口を開いた。 「あー、でも。この映画、結構激しめな濡れ場があるんだけど、大丈夫?」  タイトルをメモ帳アプリに打ち込み終えた山吹は、気まずそうに眉を寄せている青梅を見上げる。  ……それから。 「──『ぬれば』って、なに?」 「──えっ」  こてん、と。どこかあざとい仕草で、山吹は小首を傾げた。  ……やけに、ピュアな目だ。青梅は堪らず、心なしか身を引いてしまう。 「……アンタそれ、どこまでマジ?」 「質問の意味が分からないんだけど」 「あー、そっか。アンタ、そういうのを教えてくれるようなダチとかいなかったもんな」 「なんかムカつく」  どうして青梅に憐れみの籠った呆れの目を向けられているのかが、山吹には分からない。  山吹は唇を尖らせながら青梅を見上げるも、青梅から返ってくる視線はどことなく可哀想なものを見るような眼差しだ。 「アンタの彼氏にでも訊けば? オレはアンタに教育をしてやるようなポジションでもないし」 「そっか、オマエも知らないことなんだね。分かった、課長に訊いてみる」 「なんかムカつく」  山吹はスマホをポケットにしまってから、もう一度だけ青梅を見上げた。 「その『ぬれば』って、面白いの? さっきオマエ『大丈夫?』って言ってたじゃん?」 「人によってじゃないの。カップルで見たら盛り上がるのは間違いないと思うけどさ」 「っ! ……そ、そっか。カップルで、見たら……っ」 「嬉しそうに赤面するなよな、不快だから」 「──あっ、そっか。独り身の前で、ごめん……」 「──そういう意味じゃないっつの」  どこまでいっても、お互いに一方通行じみている。  今度は山吹が可哀想なものを見るような目で青梅を見上げたものだから、青梅はただただ忌々し気に舌打ちをするのだった。

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