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 なにはともあれ、お互いにデメリットはない話だ。  山吹はネットと言う不確かなものに頼るより、実際に映画を好む人間から生の感想を聴ける。青梅は、好きな相手から頼ってもらえたのだから。  些か複雑な思いは残るものの、それでも避けられて無視をされ続けるよりは断然いい。そう割り切ったのか、青梅は頼まれた通りにオススメの映画を教えようとした。  ……が、ここであっさりと教えてしまっては会話が終了してしまう。青梅は一先ず、普段から山吹に向けるようなニタリとした笑みを浮かべた。 「でもなぁ、タダで教えてもオレにメリットないだろ? だからさ、オレが得するようなことしてよ」 「オマエが得すること? うーん……」  山吹は腕を組み、うぅんと唸る。それからすぐに、山吹はパッと笑みを浮かべた。 「それなら、いい物あげるっ」  その笑顔に思わず息を呑みかけるも、青梅はなんとか普段の青梅らしい反応を返す。 「えっ、意外と素直。逆に怖いんだけど」 「は? 自分で交換条件を出してきたんでしょ。疑うならあげない。気分悪いし」 「あー、はいはい。今のはオレが悪かったよ。アンタの出せる物を素直にいただかせていただきます」 「最初からそう言いなよ。性格悪いなぁ」  どっちもどっちな気がする。当然、どちらもそう言わないが。 「で? なにくれるの?」 「オマエが絶対に喜ぶ物」 「マジ? すげぇハードル上げてるけど、大丈夫?」 「うん、大丈夫。自信しかない」  山吹はニコリと笑みを浮かべながら、ピッと指を立てた。 「──去年ボクが買った、融資課で働くうえで必要そうな資格の教材。……どう? 嬉しすぎて驚いたでしょ?」 「──マジで驚き。アンタがそんなまともな物を交渉に出したところに」  青梅は壁にもたれかかり、したり顔の山吹を見下ろす。 「アンタ、ちょっとの間だけ融資課にいたんだっけ。資格取得に熱心だったくせして上司と火遊びとか、マジで救えない奴」 「もうそんな話聞いたの? いっそ気持ち悪い」 「人の男に手を出すアンタには言われたくない」 「だって知らなかったんだもん。それに、誘ってきたのはあっちだし」  さすがは、学生の頃から男も女もとっかえひっかえの山吹だ。その魅力は健在らしい。そうしたおかしな感心しか、青梅には浮かばなかった。  山吹は腕を組み直し、青梅をジッと見上げる。 「そう言えばオマエ、会社の人と結構いい感じなんだね。管理課の人は割と、オマエのこと気に入ったみたいだよ。特に、女の人」 「へぇ、そうなんだ。オレとしては男と話すのは気が楽だし、女と話すのは楽しくて好きなんだよね。だからじゃない?」  分かるような、分からないような。山吹はそんな顔をしていただろう。 「人間って生き物はさ、会話を重ねていくうちに警戒心とかを解いていくんだよ。だからオレは、誰にでも積極的に声をかけるようにしてるんだ。これが、オレなりの処世術」  付け加えられた説明を聴き、山吹はようやく納得した。  ……だが、納得できない部分も残っている。 「女の人から特に好かれてるのはなんで?」 「シンプルにオレがカッコいいからだろ」 「あはは。……で、なんで?」 「なんでオレがつまらないジョークを言ったみたいな感じに流すんだよ」  青梅には申し訳ない話だが、山吹はただの一度も青梅を『カッコいい』と思ったことがないのだ。そして今後も一生、思うことはないだろう。……『いい奴の部類』とは、思っているが。  青梅の返事を雑に流した山吹は、黙ったままジッと青梅を見つめた。笑えない冗談はいいから早く正答を言え、と訴えるために。  不愉快そうに「アンタってマジで失礼だよな」と呟いた後、青梅は後頭部を掻きながら言葉を付け加える。 「可愛い子には声をかけないと失礼じゃん。だからオレは、女には特に声をかけてるかもね」 「ふぅ~ん?」  なにがどう失礼なのか、やはり分からない。しかしそれが青梅の生き様だと言うのなら、分からなくても頷いておこう。  青梅という男のことを理解しているようで理解していない山吹は、不意に。 「あっ、なるほど。そっか、今ようやく理解したよ」  ポンと、手を叩いた。それはもう、これから正論を言いますと言いたげなほどの真顔で。 「──だからオマエ、ボクによくちょっかいかけてくるんだ?」 「──アンタの自信は無限湧きかよ」  青梅が内心で『分かってんじゃんその通りだよアンタが一番可愛いっつのバカビッチが』と思っていたって、青梅のことを理解していない山吹は気付かないのだが。

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