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 大きな風呂敷でシロを包んだ後、山吹は桃枝に送られたクリーニング屋へと急いだ。  桃枝からの情報通り、店には明かりがついている。山吹は急いで入店し、顔を上げて「いらっしゃいませ」と言ってくれた店員に駆け寄った。 「──スミマセン! シロをキレイにしてください!」 「──えっ? 白を、綺麗に……?」  テンパりマックス。山吹の言葉に目を丸くした店員は、小首を傾げる。パンダのぬいぐるみに【シロ】という名を付けられたと知らない相手からすると、当然の反応だ。  山吹はアワアワと慌てふためきながらも、急いで風呂敷に包んだシロを手渡す。 「えっと、この子です! この子がシロなんですけど──って、そんな説明は必要ないですよね、スミマセン。えっと、とにかくこの子をキレイにしてほしくて!」 「なるほど、ぬいぐるみのお名前でしたか。……中を確認してもよろしいですか?」 「はいっ!」  渡された風呂敷を開き、店員はにこやかな顔をしながら驚く。 「わぁ。なかなか盛大に汚しましたね」 「もしかして、キレイにできませんか? この子の汚れ、取れませんかっ?」  店員の反応を受けて、山吹は半泣きだ。もしもシロの汚れが取れなかったら、後悔どころの話ではない。  絶望に打ちひしがれるまで、待ったナシ。そう言いたげな山吹を見て、店員は目を丸くする。  それから、ニコリと笑顔を浮かべた。 「すみません、不安を煽るような物言いでしたね。……いいえ、大丈夫ですよ。必ず、綺麗にします」 「ホントですかっ!」 「はい、必ずです」 「~っ! ……はあっ。良かった、です」  店員の自信たっぷりな言葉と顔を見て、ようやく山吹は息を吐く。安堵からの吐息だ。  ぬいぐるみひとつで、こんなに追い詰められているなんて。安心しきった顔の山吹を見て、店員は微笑んだ。 「こんなに慌てているなんて、よほど大切なぬいぐるみなんですね」 「えっ? ……あっ、えっと」  落ち着きを取り戻し始めた山吹は、いかに自分が店員相手に情けない姿を見せていたかと気付く。それと同時に、恥ずかしさから顔を赤らめた。 「……はい。とても大切な方からいただいた、大事な子なんです」 「そうですか。素敵ですね」 「ありがとう、ございます……」  居た堪れない。山吹は店員の顔が見れないまま、ペコペコと頭を下げる。  店員は嘲笑をするわけでもなく、ただただ微笑ましそうに山吹を見ていた。それがまた、山吹の羞恥心を煽っているのだが。 「そんなに大切な子を預けていただけたのです。プロ根性に恥じない姿でお返しいたしますね」 「っ! よっ、よろしくお願いしますっ!」 「はい。お任せください」  良かった。山吹は心から、安堵をする。  一週間後にシロを引き取りに向かうと約束をしてから、店員に何度も頭を下げて、山吹は退店した。しかしすぐさま、名残惜し気に一度だけ店を振り返ってしまう。  そんなことをしては、また店員に笑われてしまうかもしれない。ハッと気付いた山吹は、すぐに視線を店から外す。  店員はシロを店の奥に運んで行ってしまったので、目が合わなかったのは幸いだ。山吹は早歩きをして、マンションへと向かった。

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