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 そんな、イチャイチャでラブラブ括弧、当社比、括弧閉じな日常を過ごした翌日。  ──山吹は、事件を引き起こしてしまった。 「あ、あぁ……っ!」  それは、平日の夜。残業をしている桃枝の帰りを、料理をしながら待っていたその後。  山吹は紅茶を飲もうと思い、コップを持ちながら歩いていた。桃枝に教えてもらったリモコン操作をして、テレビを見ようと思ったからだ。  その時、事件が起こった。 「──シ、シロが……シロがぁ……っ!」  躓いた拍子に、コップから紅茶が零れ……シロを、汚してしまったのだ。  幸い、コップは割れていなかった。山吹自身にも、怪我はない。桃枝が最も嫌がる【傷付いた山吹】は、引き起こされなかった。  だが、大問題だ。桃枝にプレゼントしてもらったシロが、無残な姿になっているのだから。 「どっ、どうしよう……! 染み抜き、染み抜きしなくちゃ……!」  持てる全ての家事スキルを活かし、山吹は懸命に染み抜きを開始。  しかし、相手はぬいぐるみ。ズボンやシャツのような単純さではなかった。 「だ、大丈夫、大丈夫だよ。きっと、クリーニングに出せばキレイになるはずだよね。あっ、でもボク、このマンションの近くにクリーニング屋さんがあるのか知らない……」  万事休す。山吹はペタリと床に座り込む……なんてことはせず、急いで紅茶やコップを片付けた。根から家事根性が沁みついている山吹は、この状況を前にただただ項垂れる……なんてこと、できないのだ。  混乱は、確かにしている。それでも山吹は、現状打破を諦めたりはしなかった。 「えっと、クリーニング屋さん。先ずは、クリーニング屋さんを調べて、それで……」  山吹は急いでスマホを手に取り、近所にあるクリーニング屋を探そうとする。  しかし、その直前。 「白菊さんに、頼っても……いい、よね?」  おず、と。指先が彷徨う。  今の山吹は、焦っている。悠長にアレソレと悩む余裕がない。  だからこそ山吹は、即決できた。【桃枝に頼る】という選択肢を。  山吹は先ず、スマホで写真を撮った。汚れてしまったシロの写真だ。  その写真をすぐに桃枝へ送信し、即座に現状を共有。あとはただ、言葉で『信頼できるクリーニング屋は近くにありますか?』と訊くだけ。山吹はタシタシと、スマホの画面をタップする。 『白が』 『シロが』 『汚れてしまって』 『紅茶』 『クリーニング屋さん』  先ほども述べた通り、山吹は焦っていた。思った通りの単語変換や、文章が打ち込めない。  桃枝とのトーク画面には、すぐに【既読】の二文字が表示される。映し出されたその単語が、さらに山吹を焦らせた。 「どうしよう、えっと、電話をした方が──」  文字ではなく言葉で伝えた方が早いか。そう思い、山吹がスマホを握り締め直した時──。 『落ち着け』  ポンと、桃枝からメッセージが送られてきた。  それからすぐに、地図情報が共有される。 『歩いて数分の所にあるクリーニング屋だ』 『この時間でもまだ開いてる』  表示されたマップを確認するより先に、桃枝が全てを教えてくれた。  山吹は半泣き状態になりながら、見えないと分かっているのにコクコクと何度も頷く。  それから一言、桃枝に『行ってきます!』とだけ返信をした。

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