405 / 465

12.5 : 2

 そんなつもりではなかったが、これはこれで。現金な山吹は、なんだかんだとこの状況を楽しみ始めた。 「それにしても、珍しいな。お前がベッド以外で、俺にこうしてほしがるなんて」  それはそうだ。そんなつもりで言ったわけではないのだから。  しかし、桃枝にそんな反論をしてみろ。桃枝は自らの勘違いに気付き、おそらく一週間は引きずるだろう。  それはそれで面白いかもしれないが、元はと言えば主語を抜いた山吹が悪い。ゆえに山吹は、桃枝が考えている方向に全力で乗っかることにした。 「洗い物をする前に、エネルギーチャージです。だから、もっと強く抱いてくださいね?」 「んッ、そ、そうか。それは、なかなか責任重大だな……」  と言いながら、抱擁を送る腕に力が籠る。おねだりを叶えてくれたようだ。  前には大切なシロがいて、後ろには大好きな桃枝がいる。幸せな空間に思わず、山吹の頬は緩んでしまった。  そんな山吹を見ているのか、たまたまか。桃枝の声音がふと、柔らかくなった。 「俺はこういう、キャラクターもの? には、あまり関心も興味もなかったんだけどな」  ちょい、と。山吹を抱いている桃枝の手が、山吹の後れ毛に触れた。 「お前と一緒だってこともあってか、存外悪くないな、とは思う。癒されるし、和むな」  手が、後れ毛を撫でる。そのまま桃枝は、山吹の顎に指を添えた。 「好きだぞ、緋花」  愛を囁く桃枝は、瞳を細めて笑っている。珍しい表情と贈られた言葉に、山吹の頬は瞬時に赤くなった。 「いっ、いきなり、なんですかっ。そんなこと言っても、シロは渡しませんからねっ」 「あぁ、ソイツ単体にはさほど興味はないからな。お前とセットだから、俺は癒されてるんだよ」 「もっ、もうっ! 今はそういうの禁止ですっ! 後で言ってくださいっ!」 「そうか、言われるのは嫌じゃないが今ではないんだな。なら、また後で」  なぜか【後で口説く宣言】をされてしまったではないか。これでは、恋愛耐性の無い山吹は『いつ口説かれるのだろうか』と、気が気ではなくなってしまう。  桃枝は言われた通り、すんなりと引いた。顎から桃枝の冷えた手が離れ、山吹は安堵と物足りなさを抱いてしまう。 「白菊さん……」  どちらかと言わずとも、強いのは【物足りなさ】で。だから山吹の声には、そんな色が滲んでしまう。  そろっと桃枝を振り返り、山吹は揺れる瞳を向ける。桃枝はその顔を見て一度だけ驚き、そして、顔を……。 「──あぁ、分かるぞ。そろそろ食器を洗いたいんだろ?」 「──えっ?」  コクリと、縦に頷かせた。  桃枝は山吹を抱擁から解放し、どこか誇らし気な顔をしている。『どうだ、俺だって察することができるんだぞ』と言いたげだ。  無論、違う。山吹が言いたかったのは、そういうことではなかった。  だから山吹は、シロを抱く手をプルプルと震わせて……。 「全然違いますよ。課長のイジワル、鈍感、バカ、あんぽんたん……」 「なんで俺は可愛く罵られているんだ?」  思わず、八つ当たりをしてしまった。それはそれで『可愛い』として受け止めた桃枝には、ノーダメージだったが。

ともだちにシェアしよう!