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最終章 : 3

 桃枝が帰宅してから、山吹は『青梅に指輪を見せたこと』を話した。 「……という感じで、結局は罵られて終わっちゃいましたけど」 「そうか。相変わらず、としか言えないやり取りだな」 「あははっ。ですねっ」  夕食に舌鼓を打ちつつ、山吹は訊ねる。 「白菊さんは、誰かにお伝えしましたか? 職場の人以外で、指輪のこと」 「そのうち家族と……一応、水蓮に伝えるつもりだ。だが、今はまだ憂いなくこの状況を楽しむつもりだ」 「そうですか。……ちょっぴり意外です。白菊さんはご家族にすぐ伝えるとばかり」 「俺も『早く言わないとな』とは思ってるんだがな」  コップに口を付けて、飲み物で口内を潤す。それから桃枝は、そろっと視線を下へ移した。 「前にも話したと思うが、年始に帰省した時に俺はお前の話をしたんだが……たかが『交際相手がいる』って伝えただけで、家族はお祭り騒ぎになったからな」 「えっ、そうだったんですかっ?」 「そうだぞ。『あの白菊が』とか言って、両親がわんわん泣き出してな。姉夫婦も喜び始めて、それを見た犬も暴れ始めて……。あれほど『早くお暇したい』と思った帰省は初めてだったな」 「それは、なんと言いますか……。お疲れ様、でした?」  なんとも山吹にはイメージし難い話だが、桃枝の目から光が失われているのだ。相当な疲労だったのは、根掘り葉掘り聞かなくても分かる。 「あと、水蓮は言わずもがなだ。面倒くさい、この一言に尽きる」 「それは、容易に想像できます。ボクも、可能であれば知られたくないですもん」 「俺だけじゃなくお前にもちょっかいをかけるからな、アイツは」  素直に祝福されるとは思えないし、なんならいい笑顔で『で? いつ破局するん? いつ僕に泣きついてくれるん? 僕はなにをどうしたらええの?』とでも言いそうだ。黒法師の本質は【負の感情が大好き】という、歪んだものなのだから。 「以上のことを踏まえて、俺は『報告を先延ばしにする』という選択をしているわけだが……。不満はあるか?」 「ないです。素晴らしい判断だと思います」 「そうか。なら、後でお前を抱き締めさせてくれ」 「どうしてそうなるのかちょっとよく分からないですけど、いつでも大丈夫ですよ。なんなら、今からでもどうぞ? なんちゃって──」 「──そうか。悪いな」 「──行動が早いです」  冗談のつもりでそう答えると、桃枝が席を立った。どうやら『家族と黒法師に打ち明けた』という想像だけで疲れたらしい。早速、山吹を抱き締めて癒されに来たのだから。 「お前は本当に可愛いな。癒しの塊だ。愛してるぞ、緋花」 「なんだか、軽い雑談のつもりが白菊さんを追い詰めてしまったようで……」 「気にするな。お前のせいじゃない」 「と言われても、こうして吸われていると落ち着かないですよぉ~……」  食器を下ろし、山吹は後ろに立つ桃枝の頭に手を伸ばす。言わずもがな、頭を撫でるためだ。  華奢な手で頭を撫でられながら、桃枝は呟くような声量で言葉を発した。 「正直『食事中に立ち上がるなんてマナー違反ですよ』くらい言われるかと思ってたんだが、まさか受け入れる方向で進めてくれるとはな。お前、変わったな」 「白菊さんだって、こんなにすんなりボクに触れてくれるなんて驚きですよ。変わりましたよね、白菊さんも」  手を握っただけで赤くなり、キスをするのだって一苦労だったのに。山吹は桃枝の頭を撫でながら、思わず笑ってしまう。  ……キス、と言えば。山吹はひとつ、桃枝に話していないことがあったと思い出した。

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