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最終章 : 2

 山吹がムッとした顔でこちらを見ていると気付き、青梅は口角を上げた。 「だから、アンタはアンタとして振る舞えばいいんじゃないの? オレだって、好き勝手にアンタと関わってるわけだし」 「青梅……」 「態度を変えられたって、それはそれで迷惑だしさ」 「オマエってホント、一言多いよね」  ニッと、それはそれは楽しそうに。笑う青梅を見て、山吹の体から妙な緊張感が抜けた。  山吹は青梅の隣に移動し、同じく壁に背を預ける。 「って言うかさ? 今さらだけど、なんでオマエはこの会社に入ったわけ?」 「先に言っておくけど『アンタがいたから』とは言わないから」 「ボクだってそんな答え求めてないけど」  相変わらずなやり取りだ。お互いに、そんなことを考える。 「別に、理由なんてどうだって良くない? アンタが『どうしても教えてほしい』って言うなら、話は別だけど」 「そこまでして知りたいわけでもない」  ならば、答えない。青梅の態度はそちら側に舵を切った。  ……高校在学中に、クラスメートの進路なんてだいたい分かる。ただ、青梅は前の職場をふと辞めたくなって。ただ、山吹の進路をふと思い出しただけ。  アンタが心配だから、様子を見に来た。……などと、口が裂けても言えない。  なぜならそれは、杞憂だったのだから。  なんて会話をすれば最後、伝えるつもりのない気持ちまで伝わってしまいそうで。青梅はすぐに、会話を元の位置へと戻した。 「にしても、あの山吹が結婚ねぇ?」 「えっ? あ、いやっ、結婚ってワケじゃ……っ」 「今さらその反応やめなよ、ゾッとするから」 「うっ、うるさいなぁっ」  赤面して俯く山吹は、強気な態度を取りながらも照れている。青梅からすると、不愉快この上ない態度だ。  しどろもどろになっている山吹を見て、青梅は自覚のある嫌味を零す。 「馬鹿みたい。結婚なんて、人生の墓場じゃん」 「あはっ、負け犬の遠吠えサイコー。もっと吠えていいよ。その方がオマエの惨めさが際立つからさ」 「マジで可愛くねー」  ニヤリと笑う山吹から視線を外し、青梅は意味もなく通路を眺めた。 「どうせすぐ、愛想尽かされるって。アンタって面倒くさいし、マジで顔面以外にいいところとかないし。だから、自惚れていられる今のうちにたっぷり自惚れておけば?」 「そうだね。……そう、だろうね」  返事を紡ぐ声の色が、少し暗くなる。指輪をはめた左手を握りながら、山吹は声のトーンが落ちてしまった理由を呟いてしまう。 「ボクね、たまに夢で見るんだ。ボクを『今のオマエは浅ましすぎる』って責めてくる、ボク自身の夢」  山吹が後ろ向き思考で、意外とネガティブで、目の前の幸せに浸りきれない残念な男だということを青梅は知っている。 「山吹……」  だから青梅は、咄嗟に相槌を打てなかった。 「……なんてねっ。オマエと雑談してると気が滅入る。今はハッピーな気分でいたいから、ボクは退散するよ」 「先に声を掛けてきたのはそちらですけどー?」 「だったら先に会話を終わらせていいのもこっちでしょ?」  会話を切り上げて、山吹はもたれていた壁から背を離す。  振り返ることもなく「じゃあね」と手を振った山吹を見て、青梅は一度だけ言葉を詰まらせる。  ……だが、すぐに顔を上げた。 「チッ。……オイッ、山吹ッ!」 「うるさっ。ねぇ、なんなの? 怒鳴ってボクを呼び止めるの、オマエのマイブームかなにかなの? 悪趣味すぎ──」  振り返って、山吹はまたしても目を丸くしてしまう。  青梅が上げている手──親指が、上を向いている。  ……かと思えば、すぐに下を向いて──。 「──地獄に堕ちろクソビッチ!」  結婚が、人生の墓場だとしたら……。そこまで考えて、山吹は破顔した。 「──あははっ! ありがとっ、青梅っ!」  仮に行き先が、地獄だとしても。それでも、青梅は山吹の結婚にコメントをした。  素直ではない青梅の、真っ直ぐな言葉に。山吹が笑わない理由なんて、なかったのだ。

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