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最終章【地獄への道は善意で舗装されている】 1

 その日、青梅は心底うんざりしていた。 「なにそれ、指輪? まさか、自慢? ……ふーんっ」  珍しく山吹から声を掛けてきたかと思えば、内容はこれだ。青梅が『迷惑だなぁ』と言いたげな目で山吹と指輪を見るのは、当然だろう。  辟易とでも言いたげな様子の青梅を見て、山吹はドヤッと誇らしげな顔を向ける。 「うん、指輪。なに、羨ましいの? 独り身は可哀想だね~?」 「アンタってホンット、顔面以外のステータスマジ最低すぎ」 「顔面もイマイチなオマエに言われてもなぁ……」 「オレはイケメンの部類だクソヤリチンが!」  意気揚々と他人を詰る山吹を見て、青梅はギャンと吠えた。  妙に、浮かれている。『コイツらしくない』と青梅が思ってしまうほどだ。壁に背を預け、青梅は山吹を観察する。  だからこそ青梅は、普段通りの対応を決め込む。 「念のため一応言っておくけど、祝福とか絶対にしないから」 「ボク、そんなこと頼んでなくない? って言うか、オマエからは絶対にされたくないんだけど」 「可愛くねー」  青梅は山吹から視線を外し、わざとらしいため息を吐いた。  そこでようやく、青梅は気付く。 「祝福されていいわけ、ないじゃん。ボクはオマエに、沢山メーワクかけたんだから」  山吹の浮かれ具合が【わざとらしいほど】だと。  山吹が青梅にこうして指輪を見せているのは、自慢ではない。幸せアピールでもなければ、嫌味のつもりでもないのだ。  つい先日──山吹が不安を抱えていた時、山吹は青梅にも迷惑をかけてしまっていた。  つまりこの行為は、山吹なりの『もう大丈夫』という証明のつもりだったのだが……。そう理解してしまうあたり、なんと自分は可哀想なのか。青梅は自嘲気味にそう考える。 「アンタって、マジで意味不明なところでクソみたいな律儀さを出してくるよね。そういうの、なんて言うか知ってる? 偽善だよ?」 「分かってるよ。だけど、こうしないと気持ち悪いと思ったんだもん」 「そんなのエゴじゃん。クッソくだらねぇ~っ」  頭の後ろで両手を組んだ後、青梅はジロリと山吹を見た。  山吹は困り眉のまま、それでも口角だけは上げて「そうだよね」と呟いている。  そんな顔をするくらいなら、わざわざ青梅に話しかけなければ良かっただろうに。指輪を握るように触れている山吹を見て、青梅はもう一度ため息を吐く。 「──桃枝課長に『オレとアンタが恋人同士だった』って言った理由なんだけどさ。オレ、アンタに『腹癒せ』って言っただろ。でもさ、本当はもっと別の理由があったんだよ」  それから、ポンと。青梅はそんな話題を投げた。 「別の、理由?」 「そっ。……アンタがまた、おかしな奴におかしな方法で取り入ってるのかと思ったんだよ」  顔を上げた山吹が、目を丸くしている。当然の反応だ。あの時の青梅は、山吹が望むような【山吹を傷つける男】として振る舞っていたのだから。 「オレは、アンタのそういう悪趣味な言動を学生時代に散々見せつけられてきたし、うんざりしてた。だから、どうせアイツもそういう奴なんだろうなって思っただけ」 「……オマエ、ボクのことを──」  心配してくれたの? ……なんて、言われる前に。 「──だって、アンタはオレのオモチャだし。アンタがオレ以外の奴に傷つけられるとか、つまんないじゃん」 「──オマエはそういう奴だよね」  青梅は、山吹が望む青梅らしい態度を取ってみせた。  仮に図星をつかれた場合、うまく取り繕える自信なんてないのだから。

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