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──当然ながら、管理課の事務所はお祭り騒ぎだ。
「えぇぇッ! 展開が早すぎるって!」
「なになにっ、どうしたのっ?」
「ブッキーが指輪してるんだよっ!」
「わっ、ホントだっ! おめでとう~っ!」
最初に騒いだのは、山吹が二十歳になったばかりの頃に飲みへと誘ってくれた男女の先輩だった。
話題を隠すつもりが一切無い声量が響き、瞬く間に山吹は管理課の職員たちに囲まれる。そして、穴でも開いてしまうのではと心配になるほどの熱量で左手の薬指を見られた。
たかが、アクセサリーひとつ。それなのに、この騒ぎよう……。さすがの山吹も困り果て、答えに詰まってしまった。
だが、不快ではない。山吹は左手を隠そうとしないで、困り眉になりつつも笑みを浮かべた。
「えっと、はい。指輪、しちゃいました」
「それはつまり、桃枝課長とそういう感じってことッ?」
「あうっ、えっと、はい。たっ、たぶん、そういう感じです」
答えた後、山吹は左手の薬指で輝く物を指でなぞる。
「ボクのことが大好きっていう、目に見える証。……なんですって」
不安なんて、一切ない。抱く必要はないのだと、そう伝えてくれた証。山吹は思わず、安堵にも似た笑みを浮かべた。
セリフと表情を受けて、山吹を囲んでいる管理課職員は全員、閉口する。幸せそうな山吹のオーラが直撃し、言葉を失くしたのだ。
だが、我に返った者からポソポソと独り言が零れていく。
「最近の山吹君って、なんて言うか……」
「前よりも、分かり易く可愛くなったような……」
ザワつく空間の中心で、山吹は愛おしそうに指輪を見つめている。慈愛のようなオーラを放つ山吹を見て、管理課職員たちは──。
「──オイ、お前等。ソイツの指になにが付いているか分かってるくせに、よくもまぁこんな真似ができるもんだな」
瞬時に、山吹の周りから散った。
指輪を渡した張本人──この課の長として恐れられている桃枝が登場し、管理課の事務所はいつも通り。目にも留まらぬ速さで空気は張り詰め、浮かれた雰囲気は一瞬にして霧散した。
ただ一人移動をしていない山吹は、そばに現れた桃枝を見上げて目を丸くする。
「課長、とても照れていますね」
「……そりゃあ、さすがにな」
「ふふっ。課長、カワイイです」
「馬鹿野郎が、ここではやめろ」
小声で交わす言葉に、山吹は楽しそうに笑う。
そんな山吹を見下ろしたまま、桃枝はしかめっ面をそのままに、小言を呟く。
「あまり、明け透けになんでも話すなよな。……本気で、照れる」
「そうですね。二人だけのヒミツの方が、燃えますよね」
「その理屈に理解は示せなくもないが、そういうことを言いたいんじゃねぇっつの」
トンと、まるで撫でるかのように優しいチョップが山吹の頭に落ちた。
「公私混同はするなよ。示しがつかなくなるからな」
「はい、モチロンです。ボクは課長の半身みたいなものですからねっ」
「っ。……だから、そういう発言をやめろって言ってるんだよ」
小さな声で会話をしているものだから、周りの職員たちには話が聞こえない。
それでも、二人の表情を見れば……。管理課一同は、心の中で桃枝と山吹に祝福を送るのであった。
13章【雨垂れ石を穿つ】 了
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