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番外編③ : 10
山吹は、無理をしているような笑顔を浮かべているわけではない。
自然な笑みを浮かべて、思うがままに肌を寄せて、桃枝と対峙していた。
「個室に温泉がある旅館とかいいですね! 白菊さんと二人なら、ヤケドを隠す必要もないので──あっ。ごめんなさい、白菊さんは見たくないですよね」
「いや、俺は別に……」
「それに、これはボクのワガママです。苦手な人は苦手なんですよね、温泉って。……ヤッパリ、今のは忘れて──」
「──お前、俺に遠慮しすぎだぞ」
我が儘な小悪魔かと思えば、突然ネガティブになる。桃枝は俯き始めた山吹の頬を、むにっと優しく引っ張った。
「先に温泉って提案をしたのは俺だろ。それに俺は、お前の我が儘が嬉しいんだよ。だから、その。……お前から、おねだりされたい」
「っ!」
顔を上げた山吹は、頬を赤く染めている。
「白菊さんって、どうしてそんなにボクを甘やかすんですか? ボク、まだそういうのには慣れていなくて……。泣いてしまいそう、です」
「『どうして』と言われてもな。ただ、お前が好きだからだよ。知ってるだろ、さすがに」
コクリと、山吹は頷く。言っておいてなんだが、分かってくれているというのは嬉しいものだ。桃枝はポンポンと、山吹の頭を撫でた。
「で? お前はさっき、なにが言いたかったんだ?」
遠慮をして、引っ込めた言葉。山吹は桃枝を見つめて、それから視線を彷徨わせる。以前までの山吹なら、あと二、三回は遠慮をしただろう。
しかし、今の山吹は桃枝に甘えられる。
「……温泉、入ってみたいです」
「あぁ」
「だけどヤケドは見られたくないから、個室に温泉がある場所に行きたいです」
「あぁ」
「それと。……えっと、そのっ」
「なんだよ。ここまできて遠慮はナシだろうが」
チラリと、山吹が上目遣いで桃枝を見る。これは、桃枝が特に弱い山吹のモーションだ。不意に、ドキリと胸が高鳴った。
だがこんな時、山吹が口にするのは【桃枝を動揺させる言葉】だ。
「──泊まった先で、エッチ。……シたい、です」
「──っ! ……あ、あぁ、分かった。約束、だ」
まるでピュアな少年のように、山吹が照れている。さっきまであんなに淫らに乱れていたくせに、なぜなのか。
だが、可愛い。なので、なんでも良い。桃枝はとにかく、そういう思考の男だった。
「そう言えば、伝え忘れていましたね。……今日の晩ご飯、とてもおいしかったです。ありがとうございました」
「そうか。それはなによりだ」
照れ隠し、なのだろうか。山吹が口にした単語に、桃枝は頷いた。
……それにしても、だ。桃枝は山吹を見つめたまま、ぼんやりと考えた。
山吹の興味が引けて、個室に露天風呂がある宿。それでいて、桃枝もお勧めができる場所。
──その全てを叶えられるのが、桃枝の実家なのだが。さて、どのタイミングでそう打ち明けるべきか。
「旅行、今からとっても楽しみです。まだ日付も決めていないのに、変でしょうか?」
「えっ? ……あぁ、いや。そんなことはないと思うぞ。俺も、お前との未来を想像するといつも楽しい」
「なんだか話が飛躍している気もしますが、白菊さんがボクとの未来を想像してくれているという事実だけでボクは幸せです。……大好きです、白菊さんっ」
「んんッ。あ、あぁ。俺もお前が好きだぞ、大好きだ。愛してる」
スリスリと甘える山吹の頭を撫でながら、さてどうしたものかと。桃枝は、至極真剣に考え込むのであった。
【釈迦に説法】 了
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