464 / 465
番外編③ : 9
セックスを終えた後、桃枝は山吹の体を拭っていた。
その間も山吹は桃枝にくっつき続けている。桃枝が「あまりくっつかれると後始末がし難いんだが……」と言っても離れないほどだ。
もしかすると、今日一日離れていたのが相当堪えているのかもしれない。そう思うと、無理に引き剥がそうとは思えなかった。
濡らしたタオルで山吹の体を拭きながら、桃枝は呟く。
「お前は本当に、俺のことが好きなんだな」
ただの、独り言。そのつもりだったが、意外なことに返事がきた。
「はい、大好きです」
「っ! ……そうか」
「ふふっ、なんですか? 嬉しそうにニヤニヤしちゃって」
「いや、大した話じゃない。ただ『感慨深いな』と思ってな」
後始末を終えた後、桃枝は山吹と向き合う。
「前までは、俺が好意を伝えても信じなかった。その後は『そうですか』とは言うが、それでも『ボクは好きじゃないです』って言っただろ。それで、そこからがまた長かったな……って。そんなことを考えた」
「ボクが言うのもなんですが、よくボクを嫌いにならなかったですよね」
「不思議と、お前への好意は募っていったな」
当人のくせに呆れ顔を浮かべる山吹の頬を撫でて、桃枝は微笑む。
「あの頃のお前にとって、俺の気持ちは不可解極まりなかっただろうな。……だが、今はどうだ? 俺からの好意に、納得してくれているか?」
「納得、ですか。……そう、ですね」
返ってきたのは、山吹の柔らかな笑顔と──。
「──ボク、白菊さんに分からせられちゃいましたっ」
「──その言い方はやめろ」
やはり、山吹は山吹だ。桃枝に抱き着き、なんとも語弊しかない返事をしてきたではないか。
それでも、ピロートークはまだまだ続く。
「今度、休みを合わせてどこか旅行にでも行かないか?」
「いいですね、行きたいですっ。……もしかして、前に話していた動物園とかですか?」
「そういう場所でもいいし、折角なら温泉とかもどうかと思ってな。……『旅行』って単語で温泉ってのも、ベタかもしれないが」
「温泉、ですか?」
すぐに、桃枝は山吹の胸にある火傷を思い出す。
山吹は、他人の前で肌を晒したくないと常々言っていた。胸に残る火傷の痕を、桃枝が相手でもあまり見せたがらないのだ。
配慮が欠けていたと気付き、桃枝は慌てて発言を撤回しようとした。
「山吹、悪い。今のは忘れ──」
「──行ってみたい、です。温泉に」
が、それよりも先に山吹が口を開く。
「ボク、温泉って行ったことないんです。修学旅行とかで大浴場と言われるところに行くらしいんですけど、ボクはそもそも修学旅行に行かせてもらえなくて……。父さん、ボクがいないとご飯の準備とかで困ってしまうので」
「山吹……」
「だから、行ってみたいです。……白菊さんと、二人きりで」
山吹の思い出には、他者が経験したような【当たり前】が欠如している。それを、以前までの山吹ならば些事だと切り捨てただろう。
しかし今の山吹は、欠けているものを求めていた。……『桃枝と作っていきたい』と、そう思っているのだ。
ともだちにシェアしよう!