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番外編③ : 9

 セックスを終えた後、桃枝は山吹の体を拭っていた。  その間も山吹は桃枝にくっつき続けている。桃枝が「あまりくっつかれると後始末がし難いんだが……」と言っても離れないほどだ。  もしかすると、今日一日離れていたのが相当堪えているのかもしれない。そう思うと、無理に引き剥がそうとは思えなかった。  濡らしたタオルで山吹の体を拭きながら、桃枝は呟く。 「お前は本当に、俺のことが好きなんだな」  ただの、独り言。そのつもりだったが、意外なことに返事がきた。 「はい、大好きです」 「っ! ……そうか」 「ふふっ、なんですか? 嬉しそうにニヤニヤしちゃって」 「いや、大した話じゃない。ただ『感慨深いな』と思ってな」  後始末を終えた後、桃枝は山吹と向き合う。 「前までは、俺が好意を伝えても信じなかった。その後は『そうですか』とは言うが、それでも『ボクは好きじゃないです』って言っただろ。それで、そこからがまた長かったな……って。そんなことを考えた」 「ボクが言うのもなんですが、よくボクを嫌いにならなかったですよね」 「不思議と、お前への好意は募っていったな」  当人のくせに呆れ顔を浮かべる山吹の頬を撫でて、桃枝は微笑む。 「あの頃のお前にとって、俺の気持ちは不可解極まりなかっただろうな。……だが、今はどうだ? 俺からの好意に、納得してくれているか?」 「納得、ですか。……そう、ですね」  返ってきたのは、山吹の柔らかな笑顔と──。 「──ボク、白菊さんに分からせられちゃいましたっ」 「──その言い方はやめろ」  やはり、山吹は山吹だ。桃枝に抱き着き、なんとも語弊しかない返事をしてきたではないか。  それでも、ピロートークはまだまだ続く。 「今度、休みを合わせてどこか旅行にでも行かないか?」 「いいですね、行きたいですっ。……もしかして、前に話していた動物園とかですか?」 「そういう場所でもいいし、折角なら温泉とかもどうかと思ってな。……『旅行』って単語で温泉ってのも、ベタかもしれないが」 「温泉、ですか?」  すぐに、桃枝は山吹の胸にある火傷を思い出す。  山吹は、他人の前で肌を晒したくないと常々言っていた。胸に残る火傷の痕を、桃枝が相手でもあまり見せたがらないのだ。  配慮が欠けていたと気付き、桃枝は慌てて発言を撤回しようとした。 「山吹、悪い。今のは忘れ──」 「──行ってみたい、です。温泉に」  が、それよりも先に山吹が口を開く。 「ボク、温泉って行ったことないんです。修学旅行とかで大浴場と言われるところに行くらしいんですけど、ボクはそもそも修学旅行に行かせてもらえなくて……。父さん、ボクがいないとご飯の準備とかで困ってしまうので」 「山吹……」 「だから、行ってみたいです。……白菊さんと、二人きりで」  山吹の思い出には、他者が経験したような【当たり前】が欠如している。それを、以前までの山吹ならば些事だと切り捨てただろう。  しかし今の山吹は、欠けているものを求めていた。……『桃枝と作っていきたい』と、そう思っているのだ。

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