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公爵の性格があまりにも悪すぎる!前編

2023年5月13日ツイートより加筆修正 タイトルそのままな話。 公爵の性格があまりにも悪すぎる!    震えている。かわいそうなほどに血の気が失せた青白い顔だ。  妹は家族の前で謝り続けて、そして倒れた。  説明らしい説明は妹からなかったが、大体のところ事情は理解していた。  父も母も何も言えない。  妹を庇ってやるべきだが、十七歳になった娘を甘やかしたら結婚先で苦労する。  今回のような事態に備えてずる賢くなるべきだった。  常日頃、両親は妹の性格を改善するため努力していた。  このままではいけないと言い聞かせたところで本人に変わろうという意思がなければ意味がない。    俺たちに頭を下げることすら以前の妹なら出来なかっただろう。  なんとか逃げ回ったはずだ。  自分が危うい場所にいることを理解しながら見て見ぬふりを続けた数カ月。  精神的な負担を取り除くこともなく過ごしていた。    倒れた妹が目を開けた後、指一本も動かせなくなっていた。  そのぐらい心は重圧で潰されていた。  自分の葛藤から目をそらしてはいけない。    公爵家ディーアグェに俺は手紙を書いた。  恥知らずだと思うし、同時に予感もあった。    一言でいえば、ハメられた。    気弱な妹は公爵令嬢のイザベラの取り巻き状態で学園で生活していた。  昔から知っているがイザベラは悪い娘ではない。  典型的な貴族の娘ではあったが、根っからの性悪ではなかった。  妹と対等な友人関係ではなかったが、これはどちらかといえば妹に問題がある。    圧が強い相手に対して委縮してしまう。  普通の調子で会話してもイザベラに怯えてしまう。  思ってることの半分も口にできない。    付き合いが長いのでお互いに悪気はないのが分かっているので、問題にはならないのだが何も知らないとイジメが発生しているように見える。    妹も手紙では上手く話せるようで、近くに居ながらイザベラと文通しているらしい。    ともかく二人の仲は特殊だった。  二人が入学した学園もまた特殊だ。    貴族は結婚相手を探す最後の手段として、平民は貴族の目に留まり就職先を斡旋してもらうため、それぞれ集った学園。    その中で公爵令嬢であるイザベラは悪目立ちした。  位が高いものに反発心が芽生えるのはどこでもありえる話だが、今回は人為的だ。    神殿お墨付きの聖女様。  一般生徒には関係ないが高位貴族からすると厄ネタともいえる存在。    最初の接触は聖女からだと聞いている。  俺の妹をイザベラがイジメているのだと聖女が批難したという。  知らなければそう見える二人なので、仕方がない部分もある。  妹はイザベラのことが好きだが、自然体で話せない。  美しい姿に緊張してしまうし、見惚れてしまって反応が遅れる。    鈍くさい妹をイザベラが叱咤激励するのは昔からよくあることだが、学園ではじめて二人に出会った聖女からすると傲慢な女に引きずり回されている気弱な女の組み合わせだ。    貴族であるなら俺の家が伯爵家とはいえ、古い家柄で家格としてディーアグェ家に見下されるはずがないとすぐに分かる。  同じ派閥でもないので俺の家はディーアグェ家の下ではない。    神殿育ちの聖女に貴族の知識などなく、目に映ったものをそのまま批難した。  そして問題は大きくなっていった。    聖女からすればイザベラへの親切心からの忠告。  俺の妹への憐れみからの筋違いな擁護。  イザベラからすれば聖女の肩書きをつけた平民から自分の交友関係に口を出された形だ。不快だろう。    現在の学園には王子を含めた国の要人の令息たちが数多い。  それもまた複雑な状況を作っていた。    ディーアグェ家の足を引っ張りたい人間。  聖女を持ち上げたい勢力。  単純にイザベラを嫌う者たち。  どうにかして聖女の恩恵を得たい平民たち。    いくつかの思惑から学園内でイザベラは悪女というのが共通認識となった。  聖女の敵は潰してしまえということなのか、罪状も作られた。  ひとつひとつは小さなことだが、聖女に危害を加えたという事実は無視できない。  学園内で生徒同士で裁判がおこなわれた。    そこで、責任を負わされて裁かれたのは妹だった。  イザベラの聖女への嫌がらせが事実かはともかく、女神の化身ということになっている相手への攻撃は公爵家だからこそ許されない。  国中が信仰する女神への冒涜を公爵家がおこなったことになる。  放っておいて解決する話ではない。  学園に通っているのは貴族だけではない。  平民もいる。  公爵家への不信感があってはならない。  ディーアグェ家に敵がいるが失脚してもらっては困ると考える貴族たちだって多い。    とはいえ、誰かに責任をとらせないとならない。    結果、イザベラのそばにいた妹が実行犯ということになり我が家は罪を背負わされた。  落としどころとしてディーアグェ家が倒れるより、傷が浅い。    俺の家は貴族社会から切り捨てられた。  ディーアグェ家のほうが、より重要だからだ。    王家の威信が弱くなってきていることから王族は神殿の言いなりになっている。  公爵家ディーアグェの発言力のほうが強い。  だからこそ、ディーアグェ家の人間は言動に注意しなければならない。  上にいるからこそ下から足を引っ張られる。  イザベラはそれを分かっていなかった。  自分の不始末を誰かに背負わせることになる残酷さを教えられていなかったのだろう。  加えて今回の学園内裁判でディーアグェ家側に責任をとらせたのは、王家は聖女の味方であるというアピールだ。    王家は聖女と婚姻を結べたら王家の威信を取り戻せると信じていた。  神殿の象徴的な存在である聖女を攻撃するのは、あらゆる意味で馬鹿げている。    イザベラは愚かではないが特別賢いわけでもない。    ただ、この結果は彼女たちの物ではなく、俺が背負うべきものだ。  学園にいなかった俺が自分の責任だと言い出すのは自惚れているのかもしれない。  妹に野心はなく、小さな心臓しかない。  人に嫌がらせは出来ないが指示に従わず正義を貫くことも出来ない。  罰せられるだけの罪はなくとも無罪ではない。  イザベラと妹の関係。  学園内での力関係。  そういった情報を知りながら目をそらしていた。  自分には関わり合いがないと思い込もうとしていた。      俺は手紙の返事を待たずに公爵家を訪ねた。    窮地に陥った我が家を助けられるのはディーアグェ家だけだ。  ディーアグェ家なら妹に責任を押し付けなくても処理できる。  俺をこの家に訪れさせるために妹をハメたに違いない。    イザベラにだって良心はある。  古くからの友人の破滅など願わない。  妹に全てを背負わせる罪悪感を持っているはずだ。    期待通りイザベラから謝罪を受けるが、助けるために行動を起こすこともない。どうすればいいのか分からないのだ。彼女に何の権限もない。    俺の交渉相手はそもそもイザベラではない。  公爵家に来たのはイザベラに会いに来たわけではない。  彼女の兄である次期公爵リケに頭を下げる。    イザベラに似た眩しいぐらいの黄金色の髪と黒に近い青い瞳。  俺が知っている幼くかわいらしい印象は消えて、立派な美青年に成長していた。    軽蔑の視線を覚悟していたが、彼は微笑んだ。  美しくて恐ろしい笑みだった。  三年前、俺たちは子供同士の恋愛をしていた。    俺と妹とリケとイザベラの四人で物心ついたころから遊んでいた。  母親同士が仲が良かったらしい。  俺とリケは妹たちを置いて、二人だけの時間を過ごしていた。    そして、いつの間にか握り合う手が特別なものになっていた。    触れ合う指先に緊張して逃げようとする俺をリケは引き止めて、キスをしたり抱きしめた。甘く優しい特別な時間は思ったよりも短い期間だ。    リケの父親である公爵に俺たちの関係がバレてしまった。  貴族の責任から逃れられるものではない、その言葉は重かった。  リケの将来のことを考えれば、続けていい関係でもない。    喜びと幸せだけだった甘いキスが苦さと恐怖を連れてくるようになった。  もう、終わりだ。    俺は学園に入学せず父から仕事を学ぶことを選んだ。  一生彼とは私的な交流はしないと公爵に誓った。  俺の誠意を信じてくれたのか、公爵は俺たちのことを口外することはなかった。    俺たちの関係は三年前に終わった。  リケからしたら一方的な結末だ。    俺がリケと学園に入学していたら、楽しい日々だったかもしれない。  だが断ち切られない恋慕ほど痛く苦しいものはない。    学び舎とはいえ貴族からすれば学園は結婚相手を探すための場所だ。  俺の存在は公爵になるリケの邪魔になってしまう。  葛藤などなかった。  強がりだとしても自分の気持ちをそう断言するしかない。    最初から期間限定の関係だ。  諦めるのではなく受け入れなければならない。  リケは納得していなかったので、別れ方は綺麗なものではなかった。  最低だが、それが俺にとって慰めになった。  俺たちが離れてから三年が経った。  リケの顔に幼さはなくなり、美しさの質が変わっている。  天真爛漫な美少年から憂いを帯びた妖しい魅力を放つ美青年に変化していた。    この時期の三年は重い。  人が一番変わる時期。    新しい出会いが彼にはあったはずだ。  俺に執着する必要などない。  聖女と彼が仲が良さそうだと妹から聞いた。  イザベラが聖女に食って掛かった理由の一つでもある。    俺を過去の思い出にしたのだと思っていた。信じたかった。信じていなかった。    俺の考えは何もかもが間違っていたのだと彼の微笑みで分かる。  三年前には見ることがなかったリケの笑い方。  リケの亡くなった母がする微笑み仕方だ。  生前、彼女は言った。    ディーアグェ家は呪われている、と。    不吉な言葉だというのにそれを口にするリケの母は微笑んでいた。  暗く気味が悪い笑い方ではなく、美しいがゆえに理解できない笑みだった。

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