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【後日談】折り紙魔法師の結婚
ジェイルは身支度がおそい。
いや、ほんとはちがうのかもしれない――って思ってしまうのは、ジェイルについては俺がかんちがいしてたことがけっこうあるからだ。たとえばジェイルは食べるのがおそいほうだと俺はずっと思ってたけど、ぜんぜんそんなことはなかった(たんに俺と飯を食うときはゆっくり食べていたってことらしい)。それにいまにかぎっていえば、朝っぱらからふたりでシャワーを浴びてしまったのがまずい。
「ジェイル、髪と顔やってやるよ」
俺はからだを拭いて、下着とシャツだけひっかけてジェイルにいう。ジェイルはまだ素っ裸だ。頭からタオルをかぶってもぞもぞやってるけど、髪からはしずくがぽとぽと落ちる。
「ん」
「立ってると届かないから、すわって」
ジェイルは裸のまま椅子に腰をおろした。俺はタオルをとってジェイルの髪を拭きはじめる。きっとすこし時間は押してるし、今日は俺たちにとって大事な日だ。遅れちゃまずい。ふかふかのタオルはあっというまにしずくを吸いとった。もつれた毛先を櫛でさっととかしてやったとき、俺のふとももを手がつかむ。
「ジェイル、さわんないで」
俺はジェイルの目をみる。
「だめ?」
「時間ないって」
だいたいついさっき、シャワーの下でぴったりくっついて擦りあいっこしたばっかなのだ。ジェイルは残念そうに息をつき、目を細めた。その顔がずいぶん男前だったから、俺の心は一瞬ぐらついた。でも今日はだめ、だめなものはだめ。
「こら!」
櫛を持っていないほうの手で、ふとももから尻にまわった手をぺしっとやると、ジェイルは俺の目をみつめたままふふっと笑い、ぱっと手をはなした。俺も本気で怒ったわけじゃないから、つい笑ってしまう。ほんとは俺も、こうやってジェイルがいたずらを仕掛けてくるのがうれしいんだ。こういうのを幸せっていうのかなって、最近よく思う。
櫛をおいてシェービングクリームを手に取ると、さすがにジェイルもおとなしくなった。うっすらのびた髭を剃って、タオルでぬぐう。さいきんジェイルも俺も忙しかったけど、今日がおわれば何日か休みだ。いや、今日も仕事は休みなんだけどね。
「できた」
「ナギの髪は」
「そのままで式場まで来てっていわれてるんだ。ほら、カイさんがいろいろ手配してくれたから」
「そう」
カイさんはジェイルの助手さん。今日、俺たちは結婚式をあげるんだけど、式場とか誰を呼んだらいいのかとか、右も左もわからない俺たちのためにあれこれ手助けしてくれた。じっさい、カイさんの助けがないと困ったことになっていたと思う。さっさと決めてしまわなかったら、魔法生産複合体の上の方の人とかジェイルのお父さんとか、偉い人たちが出張ってきておおごとになりそうなところだった。
あ、でも、ジェイルのお父さん――結婚したら正式に俺にとってもお義父さんになるから、こういったほうがいいのかな――が式のことを気にしてくれるのは、悪くないことだった。というのもジェイルは俺と結婚すると宣言したあと、お義父さんとしばらくぎくしゃくしていたみたいだ。
まあ、俺は最初、それも無理ないよなって思ってた。お義父さんはのぞんでジェイルを養子にしたわけだけど、孤児の俺にまでお義父さんなんて呼ばれたくないんだろうって。あ、もちろんそれだけじゃなくて、ジェイルにはもっとちゃんとした結婚相手をのぞんでいたっていうのがある。俺はただの花屋だから。
でもジェイルは大激論の果てに「僕はナギを選ぶ。嫌なら離縁してください」とまでいって、お義父さんは折れた。それからもうひとつ、ジェイルがお義父さんに要求したのは、俺に謝ってくれ、ということだった。ようするに、俺がジェイルにふさわしくないとか、そういうのはぜんぶ侮辱だから、謝らないとだめだって。
そんなこんなで、お義父さんは俺に頭をさげて、俺もなにか話して(正直いってなに喋ったかよく覚えていないけど、ジェイルと一緒にちゃんとやっていきます、みたいなことだったはず)俺たちは和解した。ま、それでも気まずくはある。
ただジェイルのお義母さんの方はお義父さんとは逆で、俺のことをめちゃくちゃ気に入ってくれてるんだ。可愛い息子ができてうれしいって何度もいわれてるし、それにお義母さんは花を育てるのが好きなんだって。だから俺も安心してる。
ジェイルはやっと着替えはじめ、俺もちゃんと今日のための服を着た。ふたりで鏡のまえでタイを結んだ。ジェイルのはちょっと傾いていたから、直していたらやっぱり時間ぎりぎりだった。はやめに起きたつもりだったのに、やっぱり一緒にシャワー浴びたのがよくなかったな。
俺とジェイルは手をつないで、魔法生産複合体の泡を行き来するチューブに入る。ふわふわっと上にあがると、てっぺんの泡のホールは花でいっぱいだった。壁をぐるりと埋めるようにして飾ってある。じつはこのなかには俺が育てた花も入ってる。
参列者もたくさんいて、下で働く俺の同僚もいたし、ジェイルの同僚の幾何魔法師もいる。お義父さんとお義母さんも。結婚の立会人ははるばる孤児院から来てくれた俺の先生だ。六歳で孤児院を離れたジェイルのことも、もちろん知ってる。いつもこわい顔をしているけど、俺が孤児院枠で進学するときはとても親身になってくれた人だ。
俺たちは指輪をはめた手をつないで、先生の前で誓いの言葉をいった。たのしいときもつらいときも、助けあって一緒に生きていくことを誓います、って。みんながいっせいに拍手してくれた、そのときだ。
花のあいだからパタパタパタ……と音をたてながら、数えきれないくらいたくさんの、七色の小鳩が飛び立った。虹みたいに泡のホールを横切って、くるくると輪を描く。
「うわぁ――すごい」
俺はジェイルと手をつないだまま、上をみて口をぽかんとあけていた。みつめているうちに小鳩はまたホールに戻ってきて、参列者ひとりひとりの手のひらに一羽ずつ舞いおりる。俺の手にも一羽とまった。
あれ? この鳩――
と思ったとたん、鳩はみんなの手の上でパラリと折り紙に変わった。わあっと歓声があがる。
ええ? こんな演出、俺、きいてなかったけど。
『みなさま、こちらは新郎ジェイルから新郎ナギへの贈り物でした。どうぞ、鳩は誓いの記念品としてお持ち帰りください』
司会者がいった。俺はドキドキして信じらない気持ちだった。だってぜんぶ、ジェイルの折り紙魔法ってことだろ?
なのにジェイルはなぜか恥ずかしそうに顔を赤くして、ちょっと横をむいているんだ。目のはしではカイさんがニヤニヤしている。
「すごい、ありがとう。大変だっただろ?」
「そんなことない」
ジェイルがそういったとたん、俺の指先で折り紙の鳩が生き返った。パタパタっと羽ばたいて俺の肩にとまり、黒い目をこっちに向ける。
「おまえがつくる折り紙、みんな可愛いな。最高」
「そんなことない」
ジェイルはくりかえした。
「最高なのはナギだ。ナギがいちばん可愛い」
(おしまい)
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