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【記録9】めでたし、めでたし。なんだけどさぁ……
さすがに都合が良すぎやしないかと、我が耳を疑った。
「ハーファ……ほ、本当にいいのか……?」
「ん……イチェストと話してて思ったんだ。オレ、やっぱりリレイと最後までしたい。その……だ、抱かれ、たいんだ」
夢のような言葉と共に真っ赤な顔で、けれど真っ直ぐな瞳で、ハーファはこちらを見つめてくる。さっきまで肌に口付けていたせいではだけた服から覗く皮膚が眩しい。
「ッ……! ゆ、ゆっくりだ。仕事もあるし、俺も聞き及んだだけだし……」
衝動的に押し倒そうとする自分に言い聞かせながら、ハーファの頬に触れる。すると少し拗ねるような表情が返ってきた。
「嘘つけ……手慣れてたし、したことあるんだろ」
「男じゃなかったから、この先は人の話や書物でしか知らないんだ」
ギルドには冒険者以外にも戦闘で興奮状態になった奴らを相手にするサービス業者も出入りしていたりする。冒険者になりたての頃に仲間と利用して色々と教え込まれたけれど、残念なことにハーファ相手だと役に立つ部分があまりなかった。
まさか同性相手にここまでのめり込むとは思わなかったから。
「……っや、やっぱりした相手居たのかよ……オレは全部リレイが初めてなのに……」
そう呟いたハーファの顔はハッキリとむくれたような表情になってしまった。
過去に対して焼きもちを焼いてくれているのだろうか。そう考えるとニヤニヤ緩む顔がどう頑張っても引き締められない。
「ふふ、俺を待っていてくれてありがとう」
思わず力一杯抱きしめると、くるしい、と小さな抗議の声が上がった。
「…………大事にしろよな。オレの全部やるんだから」
「勿論だ……少しずつ慣らしていこう」
夢見心地だけれど歓喜がすぎて心臓が苦しい。きゅうきゅうと締め付けられるような甘い動悸が止まらない。
このまま壊れてしまうかもしれないなと思いながら、もう一度ぎゅうっと抱きしめ直した。
「ご……御指南よろしくお願いします……」
囁くような言葉にまた少し体温が上がる。
……この存在は、どこまで心揺さぶれば気が済むのだろうか。
そんなことを考えながら、再びハーファの肌へ指を滑らせた。
過去最高にテンションの下がりきった表情で、イチェストは長く、長く、それはもう長く溜め息を吐いた。
「……あのさぁ、何回も言うけどさぁ……そういう報告要らないからさぁ……」
暴走機関車を見送ってトルリレイエに取っ捕まる展開は想像できた。それはできたんだけど、くっっそ甘ったるいイチャイチャ話を真剣な雰囲気で語り倒されるとは思わなかった。
ハーファが可愛いってのたうち回る喚きとか、いっそ振り回されて悶々としてる話ならまだ面白おかしく聞けるようにはなってきたのに。今日はただただ、しっとりした惚気話だった。
「誰かに吐き出さないと気が狂いそうなんだ」
「もう結構前から狂ってんだろ……そーいうのは壁にでも向かって一人で吐き出してくださーい!」
他人を巻き込むな他人を。今更ちょっと狂ったところで変わらないんだから、それくらい一人でどうにか頑張ってほしい。
そんなイチェストの表情にトルリレイエは薄く笑った。
「上司のくせに冷たいな。とはいえハーファの背中を押してくれた礼をせねばと思って」
「アンタが言うと、礼が謝礼の礼に聞こえないんだよなぁ……」
あと笑顔が怖い。向けられた笑顔の分、割り増しで厄介ごとが降りかかってきそうで身構えてしまう。
「そう言うだろうと思って礼は品物にしたぞ」
渡されたのは少し厚さのある書物。
文庫本程のサイズだが薄い紙が詰まっているのかそこそこの重量がある。表紙の箔押しは少し掠れていて、礼の品にしては使い古されたものだ。
……いわく付きの本じゃないだろうなと疑ってしまうのは仕方がないと思う。トルリレイエだし。
「神官に賄賂とは罰当たりな……っんぇぇ!? 属性魔術目録!? なっなんでこんなガッチガチの魔術書持ってんだよ!」
「魔術師だからだが」
「それは……ごもっとも」
属性魔術目録は、魔術師の使用する属性付きの魔術について網羅している辞典のようなもの。世界から力を引き出すために様々な術式が溢れる中で、魔術の系統を纏め上げた数少ない専門書のひとつなのだ。
神殿は魔術師の認定にも関わっているが、神殿そのものは聖典魔法を使用するので魔術に関する書物は殆ど無い。
イチェストは守護魔法以外の適正は高くないものの、魔術師必携の一冊への好奇心で一度読んでみたいと思っていたのだ。
「子供の頃の教科書だったお古だ。お前が行く先々で探している様子だったから、ワースが家へ戻る時に取ってきて貰った」
「さ……さすがそういう家の教科書は違う……これどう考えても大人が読むヤツ……」
そういえば目の前の魔術師は魔法騎士の家の出だった。確か母親は由緒ある魔術の大家から輿入れしたとか聞いたし。よく考えると魔術のサラブレッドだ。
「不要なら戻してくるが」
「いっいやいやいやっ要ります! 読みます! ありがとうございますっっっ!!」
真顔で固まるイチェストから目録を取り上げようとするトルリレイエから、慌てて本を奪い返す。物凄く不服だけれど長年の好奇心には勝てなかった。
するとトルリレイエは案の定、にんまりと悪い笑みを浮かべる。
「この調子でハーファの相談役を頼むぞ、上司殿」
「はぁ!? 上司を勝手に変な役に任命しないで貰えますかね!」
予想を裏切らない展開に条件反射で首を横に降った。
もう二人で話がついているはずなのに、これ以上何の相談役になれというのか。夜のお楽しみ手段についてか。戦力外にも程がある。
「どうにも上司殿のアドバイスは素直に聞くようだからな。……協力、してくれるな?」
何をさせられるのか、これ以上は予測がつかない。何としても逃げ出したい所だが。
「……どちらかっつーと強制デスヨネ」
「ハーファは兄貴みたいなものなんだろう? 協力してくれてもいいじゃないか」
「!?」
思わぬ切り返しに、イチェストの声が喉の奥に引っ込んだ。
トルリレイエにそんな話をした記憶はない。家族のようなものだろう?って今みたいに無茶振りされそうだって思ったから。
と、すると……可能性があるのは。
「わっ、ワースラウルの奴喋りやがったな!?」
「ワース……? へぇ、あの無口とそんな話をしていたのか」
少し驚く素振りを見せるトルリレイエに面食らってしまった。てっきりワースラウルが何かの拍子に兄であるトルリレイエへ漏らしたのだと思ったのに。
「えっ。え……アイツから聞いたんじゃ……」
「ハーファから聞いた」
「げぇっ……」
しまった。一番可能性の高い奴を忘れてた。明け透けなハーファの事だ、ケロッと全部話してたっておかしくないのに。
ワースラウルまで巻き込む余計な墓穴を掘ってしまったイチェストは思わず頭を抱える。
「なるほど、お前はワースみたいな大人しいのが好みなのか。良いことを知った」
一瞬何を言われたのか分からなかった。
「ちーがーいーまーすー! 皆アンタみたいに男好きになるって訳じゃないんだぞ!!」
どうやら人間は自分の頭が花畑だと、周りもそうだと思ってしまうらしい。誰もが恋愛対象に同性が入ると思うなコンチクショウ!
にやにや笑みを浮かべながらこっちを見る魔術師を睨み返すと、ふぅ、と小さく溜め息をつく音が聞こえた。
「俺が好きなのはハーファだ。別に男が好きな訳じゃない」
「っカーッッ! いちいち惚気挟むの止めて貰っていいっすかねー!?」
子供に言い聞かせるみたいな態度と物言いが余計に腹立つ!
やっと巻き込まれ事故が解決して解放されると思ったのに、これからもこれが続くとかキツすぎる。本気で勘弁してほしい。
マジでお願い神様―――っっ!
ほんとにコイツら! どうにかしてぇぇ――――――ッッ!!
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