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第1話

「はぁ……」  千里は封筒の中の数万円を眺めて深くため息をついた。フリーター生活はひもじいものだ。あくせく働いてこの程度とは、生きる気力もなくなってくる。  封筒を鞄にねじ込みふらふらと帰路に着く。もうとっくに夜は更けあたりは閑散としていた。夜風もずいぶん冷たくなった。さっさと帰って寝ようと近道の路地裏に入った千里は、何かの倒れる音に足を止めた。  暗がりに誰かの頭が見える。酔っ払いでも寝ているのかと目を凝らし、千里は思わず悲鳴を上げた。 「ひっ」 「……おやぁ」  アスファルトに広がっていく血溜まり。事切れた男性が引きずられていくのを見ていたグレースーツの男が千里に気づいた。これは殺人現場だ。とんでもないものを目撃してしまった。男が目を細めて近づいてくる。反射的に後ずさった体は背後の影にぶつかって止まった。 「あ、あぁ」  振り返った先にいたのはいかつい男二人。千里の直感が彼らをヤバイ集団だと認識した。肩を掴まれただけで竦み上がり固まった千里に、グレースーツの男がははは、と乾いた笑いを漏らした。色の薄い茶髪とサングラスが彼を軽薄に見せる。 「いやぁ、運が悪かったね君」 「……! あ、オレ、オレなにも見てません」  しっかり見ているとも。だが死にたくないという気持ちが勝手に口を動かす。 「見てないってのはちょっと無理があるな」 「誰にも言いませんから、絶対……!」 「うーん。残念だけどね、しょうがないね」  形だけ申し訳なさそうに男が眉を下げた。もう逃れる術はない。走馬灯が脳裏を駆けていく。男は背後の手下に目で合図し、千里を羽交い締めにさせた。落ちた千里の鞄に手を伸ばし中身を漁り出すと、財布を抜き取る。金で済むなら有り金すべて渡すのだが。 「青山、ちさとくん? えーと……ちゃんと成人してるね。先週誕生日だったんだ、そりゃおめでとう」 「あ、う」 「今日は仕事の帰りかい?」 「は、い……」 「給料日かぁ。なに、どんな仕事なんだい」  男が札を指で弾く。 「い、居酒屋の……バイトで……」 「ほー。これ日当?」 「……月給です……」 「やっすいねー君の労働費。家は? 一人暮らし?」 「そう、です」 「じゃあ家賃払ったらいくらも残んないねえ、世知辛い」  見るからに金回りの良さそうな男に同情され、千里はやりきれない気持ちになった。こうして哀れな人間として殺されてしまうのか。千里の人生とは実にちっぽけなものだった。 「成人済だし、ただのバイトくんだし一人暮らし。消えてもなんら問題ないか」 「……っ」 「そうさなぁ」  男は顔を近づけ、千里の顎を掴んでまじまじと見つめた。泣きそうな顔を見てなにが楽しいのだろうか。無理やり口を開けられ、叩いて体つきを確かめられ、困惑する千里をよそに男はうんうんと頷いた。 「よし。片付けちゃんと終わらせろよ。これは籠に運ぶ」 「ウス」  籠とは処刑場のことだろうか。男は千里ににこりと笑いかけて、胸ポケットから出したハンカチを丸めて千里の口にねじ込んだ。 「うぐっ!?」 「車に放り込んどけ。退散だ」  何が何だか分からないまま千里は男に担がれた。程なくして黒塗りの車に文字通り放り込まれる。車に用意があったらしく、千里は猿轡と目隠しをされ後ろ手に縛り上げられて連れ去られた。    どれほど運ばれたのだろうか。エンジン音が遠ざかり、担がれてきっとエレベーターに乗った。硬質な足音が二人分している。オートロックの電子音が聞こえてすぐ、千里の体は柔らかいものの上に投げられた。 「ん、ごくろーさん。終わったら電話するわ」 「はい」  男たちが会話をして、誰かが出ていく。ねじ込まれたハンカチが不快で黙っていた千里は、目隠しを外され目を瞬いた。見回したそこはどこかの部屋だ。モデルルームのように生活感がない。サングラスを外した男が愉快げに千里を見下ろした。 「君に選択肢をあげよう」 「……?」 「殺しの現場を見ちゃった君は助からない。それを踏まえて考えておくれよ」 「……ッ」 「このまま何も出来ず殺されるか。それとも、命拾いして俺のペットになるか。さぁ、どっちがいい?」 「……!?」  ペットと言ったのか、この男は。死にたくはない。だが、もうひとつの選択肢が男のペット。理解が追いつかない。 「具体的な話をしようか? 君はこの部屋でこれから一生過ごすことになる。衣食住俺持ちの快適空間、君はただ毎日ここで暮らし、たまに俺の相手をする。部屋からは出られないが欲しいものはだいたい揃えてあげよう」  千里は信じられない気持ちで男を見上げた。 「悪い話じゃないだろ? 馬鹿正直に働いてあの程度の金貰うよりずっといい暮らしだ」  男はにこにこしながら千里の服を捲り上げた。行動の意味が分からず呆然としていると、男はこれまでとは質の違う笑みを浮かべて千里の素肌に指を滑らせた。 「っ!?」 「いいねぇ。自分がそういう対象になりえるって全く思ってない顔だ。君みたいな無個性な子が一番化けるんだよね」 「ん、んん」  男の手がいやらしく千里の胸板を撫で回している。ばたつかせた脚を押さえられ、脇腹をくすぐられる感覚に千里は身じろいだ。 「んーっ!」 「君の賃貸よりよっぽどいい部屋で、食う寝る遊ぶができて、俺に気持ちよくしてもらえて。ただ惨めに死ぬより素敵な条件だと思わないかい?」  確かにインドア派の千里には最高ともいえる条件だ。だがその中にこの男の相手というのが入っているのがとても嫌だ。死ぬのも嫌だが自分が男とこんなことできるわけがない。 「んん……っ」  ふるふると首を振ると男は一層楽しそうに笑った。 「男同士に抵抗があるかい?  そんなの些細なことさ。気持ちよさを知ればどうでもよくなる」  すぐそばで囁く男はこうして見るとなまじ顔の良い青年だった。慣れた手つきで千里の上半身を弄ぶ姿、大抵の女性なら見惚れて身体を許すかもしれない。強面の大男なら死を覚悟したところだが、それほど体格差もなく物腰柔らかな雰囲気に千里の心がペットを受け入れようと諦めはじめた。 「……もう答えは決まったね」 「んぅっ!?」  男が千里の乳首を抓り上げた。存在する意味を持たされたそこがびりびりと己を主張する。 「んー、んぅーっ!」 「なんの開発もされてない初心な乳首だねぇ。身体も鍛えてるわけじゃなさそうだしいい塩梅」 「んふ、うぅ」  こりこりとこねられると妙な気分になってくる。まさか自分がこんなAVのような責められかたをするとは思っても見なかった。強引に身を任せていやいやをしていた千里に、男はおもむろに刃物を取り出して眼前へ近づけた。一気に忘れていた死が背後に迫った。 「ペット、なるよね?」  微笑んだ顔に温度はなく。 「ん……っ」  千里は何度も頷いて男の所有物に成り下がった。 「うんうん、よかった。じゃあさっそく手入れしなきゃね」 「う、う?」 「モモ、こっちおいで」  男が隣の部屋に向かって呼ぶと、静かに痩身の男が現れた。細いつり目がじっとりと千里の身体を品定めする。手にはなにやら道具箱を持っていた。 「今から墨入れするから」 「……ん!?」 「あと諸々ね。じゃあモモ、ここに」  男が千里のジーンズをずり下げ、下腹部を撫でる。 「どれ、する?」 「うーんやっぱアレかな。えっちなやつ」 「シキュウの? 女のだ」 「それでいいよ、これからメスになるし」  聞き捨てならない会話が交わされる。モモが道具を取り出し、男が千里の体にのしかかった。 「痛みに強いほう?」 「ん、ぅぅ」 「早めに気絶したほうが楽かもね」  体が震え出す。下腹部なんていう我慢のしようがない場所に激痛を浴びせられ、千里は男の言う通りあえなく意識を飛ばした。    *    カーテンの隙間から差す光に起こされ千里は目を開けた。ぼんやりした意識のままのそりと身体を起こすと、下腹部にビリビリと痛みが走った。見下ろせば自分が着ているのはオーバーサイズのYシャツのみ。おそるおそるシャツをめくり、千里は絶句した。  千里の臍の下にはピンク色のタトゥーが彫られていた。中心部はハート、両脇に蔓のような模様が伸びている。千里はショックを受けたままキングサイズのベッドから立ち上がり、傍の姿見の前でシャツをたくしあげた。 「……なんだよこれ」  いわゆる淫紋だ。サキュバスなんかのイラストでよく見るあの紋。子宮だのなんだの言っていたのはこの形状か。加えて、千里の陰毛は綺麗に剃られたんだか抜かれたんだかされていた。産毛まで処理されたのか身体はどこもかしこもつるりとしている。成人男性の身体としては倒錯的な外見。  自分がなにかとてつもなく卑猥な存在になってしまった気がして、千里はふらふらとベッドに逆戻りした。本当にペットになってしまったのだ。監禁されあの男にいいようにされるだけの性奴隷に。死にたくないがために千里は人権を手放した。 「……なにされるんだろ……」  背筋が凍る。初手で淫紋を刻むような輩だ。どんなプレイをされるか分かったものでは無い。暴力すら厭わないのではないか。部下の様子と本人の立ち振る舞いから察するにあの男は只者ではないだろう。ヤクザでも上のほうにいる危ない人だと千里の勘は言っている。  頭を抱えていた千里の耳に、聞き慣れた通知音が届いた。見ればテーブルの上にスマホが置いてある。そっと手に取り画面を表示すると、メッセージ通知が来ていた。 『なにか欲しいものあったらここに書いてね』 「……」 『今度行くのは三日くらい後! それまでお留守番しててね』  既読だけつけてテーブルに戻す。どんな距離感で返信すればいいかわからないので放置だ。千里は少しだけ落ち着いて、部屋を物色することにした。  広い部屋だ。無駄に大きいバスルーム、1LDKで洋室はクローゼットと物置として使われている。キングサイズのベッドはリビングに置いてあり、寝食はこのワンルームで完結できた。冷蔵庫には冷凍食品やアルコールなどの飲料、棚にはレトルトやカップ麺。なにかパネルのようなものが取り付けられ料理の注文も出来るようになっている。監禁部屋にするために色々と改造が施されているらしい。  ベッドに戻りカーテンを開けると、眼下に街が広がった。市内にここまで高いマンションがあっただろうか。もしかしたら居住用の建物ではないかもしれない。窓から逃げられるかと少し期待したがはめ殺しの上にこの高所、どうやっても無理のようだ。  千里は途方に暮れながらその日をぼうっと過ごした。   「コンバンワ」  夜、部屋を訪れたのはモモだった。片言が特徴的な彼は千里を一通り眺めるとおもむろに千里のシャツをがばりと捲った。 「ひっ! な、なんですか」 「うん、いいイロ」  淫紋の出来に満足しているらしい。 「モモ、お前に教える。カラダ清める、大事」 「き、清める……?」 「サクヤに抱かれる、準備ヒツヨウ。ね」 「……あの人、サクヤって言うんすか」 「サクヤ、優しい。ペットはいい身分」  ニッコリ笑うと不気味さが出る。モモは戸惑う千里を引っ張って風呂場へ向かった。    ちょっとした銭湯ほど広さのある風呂場で何を教えられたか、もう思い出したくない。千里の男としての尊厳はごっそり削れた。千里の器用な面が良かったのか悪かったのか、モモは満足して帰って行った。    *   「……暇だ……」  千里はベッドに横たわって独りごちた。食う寝る遊ぶ、というのは実際やるとすぐに飽きる。すべての気力が損なわれていくのを感じるがここにはそれを解消する術は何もない。  メッセージに思い切って『モンハン』と送り、程なくして届いたゲーム機のおかげで千里は自我を保てていた。他にやることが無さすぎてだいたいのクエストはクリアしてしまったが。  暇すぎて何度目かわからない風呂に入る。三日くらい経つしそろそろ準備をちゃんとしておいたほうがいいのだろう。千里は行為の意味をなるべく考えないようにしながら事務的に処理を済ませた。いよいよ自分が性奴隷じみてくる。 「ほんとに抱かれるのか……? こんなとこで気持ちよくなれる気がしない。むしろ気持ち悪い。ええこわ……オレどうなってしまうんだろ」  早くも独り言が増え始めた千里がブルーな気持ちでリビングに戻ると、いつの間にか男が椅子に座っていた。 「うっ!?」 「あ、こんばんはちさとくん」 「……、こ、こんばんは……」 「ははは、三日ぶり。すっかり慣れたみたいで何よりだ」  美形の男、サクヤはどこか疲れた顔で笑いふらりと立ち上がった。 「じゃあちょっとベッドに座ってくれる?」 「えっ……」  こちらはまだ心の準備が出来ていないのだが。サクヤは有無を言わさぬ視線で千里を見下ろす。恐々としながら浅く腰かけると、サクヤはじっと千里を見つめたあと無表情になってベッドに歩み寄った。ああさよなら貞操。 「っ! ……?」 「あ~……人肌……」  サクヤは千里を抱きしめてしみじみと呟いた。 「ほんともー疲れちゃってさ。ちょっと聞いておくれよ俺の愚痴を」 「え……あ、はい」  健全に千里を抱きしめたままサクヤが心底病んだ様子で上司の愚痴を垂れ流しはじめた。へえとかはいとか相槌を打ちながら抱き枕のようになる。『相手』とはもしやこういうことなのか。いや、それならあんな手入れは必要ないわけだし、やはり千里の操が瀕死なのは同じか。 「も~俺だってね、色々手を回して頑張ってんの。息のくせぇジジイにゴマすってさぁ、それを当たり前みたいに言われると心がしんどい」 「そう、なんすね……」 「顔が良いってのはまあ悪くはないんだけどぉ、この職場物好きが多すぎてドン引きするっていうかぁ、俺は汚ねえオヤジに奉仕する気は全くないしぃ」 「ああ……」 「俺がんばってるんだよ……がんばってるよね……」 「そ、そうですね、頑張ってると思いますサクヤさんは」 「でしょ~? あれ、名前教えたっけ」 「モモさんから……あっ不快だったらすみませんつい」 「不快じゃないむしろ良きかな~もっと呼んで。俺を慰めて」 「ええ……」  初見の恐ろしさが全くない彼の背中を遠慮がちにぽんぽんと叩くと弱々しいため息が出た。受験疲れの同級生を思い出す。若くして重役になると色々と大変らしい。 「優しいねぇちさとくん……いい子拾ったなぁ……」 「さらったのまちがいでは……」 「そうね……いや見つけた時ラッキーって思ったもん。探すと中々いないんだよこういう可愛い子は」 「か、かわいい」 「可愛いよちさとくんは。とっても俺好み」  サクヤはぱっと顔を上げると千里の顔を両手で挟んだ。 「童顔だし。これで合法だと思うと最高だね」 「……法を気にするんですか」 「いやいやうち割とクリーンなほうだから。ガキにはなるべく手出さないよ」 「はあ」 「ねー今度学ラン買ったげるから着て? 男子高校生飼いたい」 「きついです……」 「いけるいける」  サクヤがあまりに気さくに話すので千里は拍子抜けして苦笑いを返した。この状況で笑えるとは千里も毒されてきたのかもしれない。 「はーやっぱペットのいる生活っていいね。癒される」 「……犬とかでは代用出来ないんですか」 「えー? だって動物は喋んないし」  サクヤは不意に千里の肩を掴んでベッドへ押し倒した。反応出来ずに見上げた彼は妖しげな眼差しで千里を見下ろしている。 「犬じゃこういうことできないじゃない?」 「……っ!」 「おかげで元気出たから、俺張り切っちゃおっかな」 「は、張り切らなくて、いいです……!」 「いやいや遠慮しないで。ちさとくん初めてでしょ? たっぷり気持ちいいこと教えてあげるからね」  さっと血の気が引く。サクヤは一度起き上がってベッド脇の引き出しを鼻歌混じりで漁った。千里は広いベッドの端まで後ずさってシャツを握りしめた。やはり抱かれるというのは抵抗がありすぎる。さっきまであのように会話を楽しんでいたというのに急な切り替えが怖い。 「どうしようかな~、まずは気持ちよさに慣れてもらうか」 「うう……」 「準備はしてきたんだよね?」 「ぅえ、は、はい」 「じゃ今日は初回サービスで激甘にしてあげよう」  引き出しからのぞくおぞましいものたちを押し込み直し、サクヤはローションのボトルだけを取り出した。襟をくつろげてベッドへ乗ると、にっこり笑って手招きする。 「ほらおいで~、怖くないよ」 「いや怖いですよ……!」 「どうせ逃げられないんだから腹括んな」 「ぅ、うう……っ」  泣きたくなりながら千里はおそるおそるサクヤに近づいた。 「はい、寝てていいからね。なんにも教えてないし今日は俺が全部与えてあげる」 「こ、今後、教えられるんでしょうか」 「そうだねぇ、賢いようなら」 「……賢くなかったら……?」 「駄目だよちさとくん、君が器用なのはバレてんだからね」  サクヤが楽しそうに千里のシャツのボタンを外していく。鳩尾あたりまで剥かれた千里が恐怖に目を瞑って顔を背けていると、サクヤの近寄る気配がした。なにかいい匂いがしていると思ったのも束の間、頬に柔らかいものを感じて千里は驚き目を開けた。 「えっ……」 「ん? キスがそんなに変?」 「キ……、そ、そんなこと、するんですか」 「するよ? なに、ちさとくん彼女いたことないの」 「あ、ありますけど、だってオレは別に」 「ペットにだってキスぐらいするでしょ。せっかくリラックスさせてあげようとしてるんだから大人しくしてな」  迫る顔に慄いて再び目を瞑ると、今度は唇同士が触れ合った。頬に手を添えられ、何度も啄まれる。実に手馴れたキスだ。そのうち首筋や鎖骨にもキスを落とされ、雰囲気が出来上がっていく。不思議と不快ではないのは彼の顔が良いからだろうか。 「ぅ……」 「健康的な肌だねぇ。ほら、そんな息止めてないで深呼吸して」 「で、でも」 「怖がりだなぁ。かわいい」 「かわいいって言うのは、っん」  唇が掠めるくすぐったさに震える。頭を撫でられて、千里は与えられる優しい刺激に次第に体の力を抜いた。そう、どう足掻いたって状況は変わらないのだ。早く終わらせて貰ったほうがむしろいい。 「は……」 「そう、もっと寝るときみたいにリラックスして……かわいいよちさとくん」 「ん、かわいいは、やめてください」 「どうして?」 「だって、オレは男で……」 「かわいい男の子なんてたくさんいるよ。自信持って、君はかわいい子だ」 「う……」 「そろそろ触ってくね」 「っ」  サクヤの指が千里の胸を撫でた。乳首を優しく弾き、千里の意識を徐々にそこへと向けていく。弄ったことなどないので妙な感覚が伝わるだけだ。 「ぅ……」 「まだ鈍いだろうけど、ここも気持ちいいトコロだって教え込んであげるからね」 「……うぅ……」  すりすりと乳首が愛でられていく。女のような扱いを受けて千里はまた泣きたくなった。サクヤの手は柔らかく身体を愛撫し、ゆっくりシャツの裾をたくしあげた。 「あ……っ」 「えっちなタトゥーだねぇ。こんなもの刻まれてるのに君はまだ処女なんだって思うと興奮してくるな」 「み、見ないでください……っ」 「ふふ、見ちゃう。つるつるでかわいいちさとくんのココ、今から触ってあげようね」  サクヤの手が包み込むように千里の性器に触れた。緩い刺激しか与えられていなかった身体が気分と裏腹に喜び出す。 「あ」 「初めはいつもの気持ちよさでね」 「ふ、待って、くださ、あぁ」  千里は這い上がる快感に腰を浮かせた。手の動きが上手すぎる。剥かれた雁首をくすぐられ鈴口をなぞられ、いつものどころではない。 「まって、やば、ぅあ」 「慣れてない感がかわいーね、ヒクヒクしてきたよ」  サクヤのテクニックに千里は悶えた。ぞくり、ぞくりと快感が張り詰めていく。 「あ、あっ、イく、もう出るっ」 「いいよ、自分のお腹にかけちゃおっか」 「あァだめ、早くしないで、だめッ、あ、あぁぁっ!」  千里は情けない声を上げながらあえなく果てた。何度かそのまま擦り上げられ、背を反らせて快感を享受する。 「……ぁふ」 「イキ顔えろいねちさとくん」 「みないで、ください」  そっぽを向いて息継ぎの合間に言うと、サクヤは小さく笑いローションボトルを開けて手のひらに出した。くちゅくちゅと音をさせ尻の割れ目に滑らせる。いよいよといった動作に一気に頭が醒めた。 「ひ、待ってください、待って」 「準備出来てるでしょ?」 「こっ、心は全然まだなんです……!」 「大丈夫だよ、俺がちゃんと気持ちよくさせてあげるから」 「そういうんじゃ、うっ!」  ぬる、とサクヤの指が後孔に埋められた。浅いところを出入りして丁寧にローションが塗りこまれていく。やはり感じるのは不快感だけだ。 「うぅ~……っ」 「もう少し我慢してね。こっちのこと考えてようか」 「ふ、あ……」  サクヤが性器をゆるゆると扱いて気を逸らせる。男に股を開いていいようにされているのがとてつもなく恥ずかしい。だが悲しいかな身体は正直で、性器への刺激にどこまでも喜んでしまう。千里は快楽に耐性がないのだった。 「ん、んぅ」  サクヤの気遣いのおかげで不快感が薄まり、だんだん体内でなにかが蠢いているのにも慣れが出てきた。そうしてただ内側を撫でるだけだった指先がある一点を探し当てたとき、千里は背筋に電撃が走ったような錯覚を覚えた。 「ひ、ぁっ」 「お、いい反応だねぇ。ここか」 「あっ、まって、ひぃっ!」  そこを押し込まれるたび未知の感覚が千里を襲った。こんなの知らない。自分ではどう触ったって何も感じなかったのに。 「気持ちいいかいちさとくん」 「わ、わかんな、あァっ」 「ナカの気持ちよさはまずここから覚えようね」 「うぁ、だめ、んぁ」 「そうそう、もっとかわいい声聞かせて? 我慢しなくていいから」 「ちが、ちがう、こんなのオレ、あぅっ♡」  サクヤがしつこくそこばかりを責める。そのたび千里の意識がかき混ぜられて、脳内で火花が散る。得体の知れないものがずくりと湧き上がってきた。 「あ、あぁ、あ♡」 「おしりぱくぱくしてるのわかる? 俺の指に吸い付いてるよ」 「しらないっ、かってに、っあふ♡」 「いいねぇ素質あるよ君。この分だとメスイキ覚えるのも早いかな」 「とめて、とめてください♡ へんなの、へんなのくるっ♡」  もうサクヤは千里の性器に触れていないのにじわじわと射精感が昇ってくる。後孔が熱く疼いているのがわかった。 「イきそ?」 「あぁ♡ はい、もう、もうだめぇ♡」 「飲み込み早い子は好きだよ。じゃあご褒美ね」  サクヤはにこりと微笑み、指を押し込んでぐりぐりと揉みこんだ。千里の視界が弾けた。 「あ゛ッ♡ あ~~~っ♡」  全身の硬直とともにびゅく、と白濁が飛び千里の卑猥な腹を汚した。指は未だ押し込まれたままで腰が何度も跳ねる。快楽で思考が塗りつぶされ、千里はしばらく絶頂の余韻に浸って微睡んだ。 「……ッ♡ は……っ」 「うーんいいねぇ。このまっさらな感じ、未成年といけないことしてるみたいでそそる」 「……せ、成人……です……」 「それがなおさらえっち。かわいいよちさとくん」 「~……っ」 「気持ちよかったかい?」 「……は、い」 「ちゃんと覚えるんだよ、ココの感覚」 「ぅあっ♡ まだ、まだだめですっ」 「中うねってるねぇ。このまま拡げていこうか」 「ひろげ? っいぁ」  圧迫感が強まり背がしなった。サクヤの二本目の指がぐにぐにと中をかき混ぜ押し広げていく。 「くふ、ぅあ」 「俺のが入るようにしないとだからね。だいじょぶ、ちさとくん感度良いからすぐココが病みつきになるよ」 「な、なりませんっ、ひ♡」  二本の指が先ほどより強く押し込まれ、千里の理性を絡めとっていく。つい腰を浮かせてしまい、まるでねだるような動きになった。 「あぁ♡ それだめっ、もうだめぇ♡」 「うんうんかわいいよ」 「ぁ、あついぃ♡ っうんぅ♡」  まるで体験したことのない快感に千里の意識はどろどろに溶けていった。ぐちゅぐちゅとかき混ぜられるローションの音を聞くとどうにも興奮して、それに比例して身体が敏感になっていくようだ。  増えた指で穴を開かれ蕩けた千里を見下ろして、サクヤはくすりと笑った。 「だいぶトロトロになったねぇ、これならもういけるかな」 「ふ、ぁ……っ♡」 「ほら、指ぐらいで音を上げてもらっちゃ困るよちさとくん。ちゃんと俺のことも気持ちよくして?」  ひくひくと転がる千里に、サクヤが服を脱いで近づいた。そうだ、これはまだ準備の段階。これから千里はいよいよ男に抱かれてしまうのだ。恐怖がぶり返して、脱力した身体をよじって逃げようとするが呆気なく取り押さえられた。足を引かれうつ伏せにされる。 「ちゃんとおしりあげてるんだよ」 「う、ぅ……いやだ」 「おしり気持ちいいって今体感したでしょ?」  肩越しに振り返るとサクヤがちょうどゴムを付けたところだった。サイズ的には千里とさほども変わらない程度で凶器では無さそうだ。 「あっ♡」  油断したのを見計らったように、サクヤが千里の中に侵入してきた。指とは比べ物にならない質量だ。入り口、いや本来は出口なのだがそこをめいっぱい広げてサクヤの昂りが千里を貫いた。 「はあぅっ♡ くる、しっ」 「ん……力抜いてごらんちさとくん」 「む、りですッ、ぬいて、むり」 「怖くないよ、ちょっといきんでみよう」 「いっ、いき、んん♡」  頭が真っ白になる。言われるままいきむと、ずぷりとサクヤの性器が奥に突き進んだ。 「へぁっ♡」  完全に想定外の衝撃に間抜けな声を出す。内臓に異物が入ってくる感覚が怖くて仕方がない。だが悲しいかな、一度覚えればそつなくこなせるのが千里だ。その後ほぼ無意識で動作を繰り返し、ほどなくして千里の後孔は根元までサクヤを咥えこんでしまった。 「あ、あぅ♡ ふ……っ」 「えらいえらい、いい子だねちさとくん」 「ん、ふ……くるしい、です」 「ふふ、処女喪失しちゃったねぇ」  サクヤが楽しそうに言った。一線を超えてしまったのだなとぼんやり思ったが、身構えたほどショックでもない。シーツにしがみついて荒い息をしていると、サクヤの身体が倒れて千里の耳元で囁いた。 「じゃあ動くね」 「っ、ひ、ぃ♡」  ずるりと性器が出ていく感覚に千里は悲鳴を上げた。こじ開けられた腸壁が元に戻るかと思った直後に質量が速度を増して奥を抉った。 「あ゛ぁッ♡」 「ん、良い声。やっぱ素質あるね」 「待っ、あ♡ そん、なぁ♡ はや、い゛っ♡」  たんたんと小気味よく肉のぶつかる音がする。容赦ない抽送に内腿が震えた。奥をせぐりあげられるたびに背筋を電撃が走り、脳を痺れさせて意識が白む。 「あっ♡ やっ♡ め、とめてっ♡」 「怖くない、でしょ?」 「ひんっ♡ ひあ♡ ナカぁ♡」  まともな言葉も出なくなったところでサクヤが動きを止めた。今度はゆっくりと抜き差しを繰り返すので、快楽に浮かされた頭が少し冷静さを取り戻した。できれば取り戻したくなかったのだが。 「ぅん……っ♡」 「甘えた声出しちゃって、もう虜なの?」 「ち、ちがう、こんなのっ♡」 「え~、ちさとくんは好きだと思うなぁ」 「すきじゃ、ないですっ」 「でも気持ちいいでしょ」 「う、ぅ♡ へんな、だけ」 「素直じゃない子にはこうだよ」 「ッ!?」  サクヤの昂りが千里の前立腺を打ち抜いた。何度もそこを責められて視界が弾ける。こんな刺激をいっぺんに受けたら心臓が持たない。 「う゛ぁ♡ だめ♡ そこだめ♡ あ゛っ♡」 「すごく締めつけてくるよちさとくん」 「ひぅ♡ やだ♡ ゆるして♡」 「もうすっかり覚えちゃってるねココの味。気持ちいいよね?」 「き、きもち、いい♡ いいです、からぁ♡」  きゅんきゅんと下腹部が疼いている。絶頂の感覚が込み上げて千里は焦りを感じた。こんなに受け入れてしまったらもうきっと戻れない。後孔を犯されて達してしまうような身体になりたくない。 「やだぁ♡ イきたくない♡ とめてぇ♡」 「なんで?」 「オレ、オレおとこ、なのにぃ♡」 「あはっ、それは残念だねぇ。でももう手遅れだよ、君はすでに俺の雌ペットちゃんだ」 「メス、じゃな、あ゛ぁッ♡」  一際響くところを抉られて限界が近くなる。サクヤの律動が激しくなり、呼吸でさえ快感の引き金となった。頭がぼうっとして気持ちいいとしか考えられなくなっていった。 「は、もうすぐだよね? 思いきり、イっていいからねちさとくん」 「あ、あぁぁ♡ イく♡ イっちゃう♡ やだ♡」 「俺も……、イくから、一緒にイけるかな」 「いっ、あ、あ~ッ♡ だめぇッ♡」  深くまで貫かれた衝撃で千里はがくんと身を震わせた。無意識に締めつけたサクヤの熱がドクドクと脈打っている。突かれたのと同時に千里の性器から精がとろとろと溢れて、肩にサクヤの息がかかった感覚でまた腸壁が収縮した。 「……ひ、ぁ♡ ぅ♡」 「は……っ、中々の名器だよちさとくん?」 「ぁ、ふ……」 「うん、気持ちよかったねぇ。はじめてでこんなに感じられていい子だ」  頭を撫でられる刺激にすら気持ちよくなってしまう。ひくひくと震えながら千里は目を閉じ、気絶するように眠りに落ちてしまった。    *    目覚めると一人だった。身体は綺麗になっていて、ベッドも整えられている。微かに香水の匂いが残るばかりでサクヤの姿は見当たらなかった。 「……」  なんで寂しいなどと思ってしまうのか。別におはようなんて言われたいわけではないし一人にも慣れている。第一、一夜過ごしただけであまりにも軽率ではないか。 「あんな優しく触るのが悪い……」  ぼやいて口を尖らせる。もっと乱暴に、性処理に使われるのだと思っていたのに。柔らかな声と愛撫を思い出して千里は一人顔を赤らめた。自分がこんなに乙女だったとは。  なにか食べようとベッドから降りたところでスマホが鳴った。 『次は五日後に行くよ』  千里はその長さに肩を落とした。いや、待ち焦がれるわけではないのだがこの寂しさを抱えたまま過ごさねばならないのは結構精神にくる。やることもなく一人であと五日をどう切り抜けたらいいのか。飼われるというのも楽ではないらしい。  千里は深くため息をついた。

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