7 / 7

第7話

「ベリメールで海里を見かけて、私は一目惚れをした」  ラルスが語り始めた。  海里がベリメール王国へ行ったのは5年も前だ。 「海里は怒っていた。怒っているのに可愛くって美しかった」 「な、なに言ってんだよ」  ラルスを突き放そうと腕に力を入れたがうまくいかなかった。  抱きしめられて耳元で甘く囁かれるたびに海里の胸の鼓動が速まる。 「C国の大企業の重役相手に海里は一歩も引きさがらなかった」 「ああ、あのときか」  海里達の調査団がレアアースを発見したのをいち早く聞きつけたC国の大企業が採掘の権利を取ろうとしていた。  C国はレアアース最大の産出国だ。採掘の技術もある。  だが、海里はコストダウンばかりを優先してベリメールの自然に目を向けない考えに反感をいだいていた。  たまたまC国企業の彼らと鉢合わせした時に嫌味を言われ、売り言葉に買い言葉、今までの不満をぶちまけたのだった。  いずれ大学の研究室に残る予定だった海里の夢は、C国側の怒りを静めるために消えた。そして大学卒業後教授の口添えで今の商社に入社したのだった。  あの時の口論をラルスが見ていたらしい。 「そういえばあのあと……」  銀髪の可愛い少年が海里に声をかけてきた。 『人魚の棲家を守ってくれるのか』  マリンブルーの澄んだ瞳が真っ直ぐに海里を見つめてきた。  少年が自分の子どもの頃のように人魚の存在を信じているのがうれしくってすぐに言葉を返した。 『ああ男に二言はない』  日本語で答えてしまい、その後意味を伝えるのにかなりの時間を費やしたのを覚えている。  あの時の少年と同じマリンブルーに輝く瞳が海里をのぞき込んできた。 「あの時の……」 「約束を果たしてもらいに来た」  研究室に残れず教授に紹介された商社も解雇された今、海里には約束を果たす力などない。 「私が国へ帰る時に一緒に来い」 「へっ? な、なに、どういうこと?」 「海里は我が国へ来て、ベリメールと日本の橋渡しをしてもらいたい」  いきなりの申し出に海里が呆けていると、ラルスはいら立った口調になった。 「会社から何も聞いていないのか」 「解雇……」  ラルスは大きな溜息をついた。 「解雇とは少し違う。取引条件だ」 「俺、警察沙汰になったからてっきり首になったのかと……」 「M商事と契約する代わりに海里を嫁にくれと言った」 「はあ―!?」 「驚くな冗談だ。まあ、本音を直訳すればそうなるが」  真っ赤になったラルスがぼそりとつぶやいた。 「いや、そんな、わけわかんねぇし!」  本人へのプロポーズを通り越して、両親へ結婚のあいさつに行かれたような言われ方でどう対応していいのかわからない。 「海里がベリメール側の人間として、プロジェクトに参加するのが最重要条件だと伝えた」  一介のサラリーマンである海里が、王太子に国家レベルのプロジェクトに指名されるとは思ってもみなかった。  きっと解雇を伝えてきた上司もあり得ない話を理解しきれないまま海里に伝えたのだろう。 「それで、海里の返事は」  疑問形でありながら否は認めないという口調だった。 「わかった」 「男に二言はなしだな」 「ああ」  海里がうなづくよりも早くラルスがキスをした。 「ふぁ~ン、ちょちょちょっと待て! なんでそうなる!」 「夫婦の営みを」 「俺はプロジェクトの話をしていたんだ」 「私は海里が嫁に来る話をしていた」 「よめ――っ! お、俺は、そっ、その前に留置所に二日間も放って置かれたことを許していないぞ」 「留置所のことを説明すれば嫁に来る話は了解するのだな」 「それは……別だ。とりあえず、二日間放って置いた言い訳を聞いてやる」  ラルスが漂流していたのは、殺されかかり海へ飛び込んだからだった。  暗殺を企てたのがラルスの叔父だった。  街中で追ってきた暴力団風の男達は叔父の差し金だった。  叔父はC国商社と提携し、莫大な金を手に入れようとした。  そこで、日本の大学や商社との提携を勧めるラルスが邪魔だった。  暗殺の失敗を知れば、次の手としてラルスの弱点である海里を誘拐しかねない。  海里の安全を確保するために日本の警察を利用した。 「日本の警察は優秀だと聞いていたからな」  他にもやり方はあっただろうと海里は思ったが、そこは突っ込まなかった。 「なんで俺が弱点なわけ」 「私が海里を愛しているからだ。海里は私が嫌いか」  真剣なまなざしを海里へ向けてくる。 「嫌いじゃないけど……好きかは……おまえは5年も前から俺を好きな……」  海里の言葉を聞き終わらないうちにラルスは覆いかぶさってきた。 「人の話を聞け!」 「まず私がどんなに海里を愛しているか態度で示してから、海里の話を聞いてやる」 「ちょ、ちょ、ちょっと、やめろ……うっ……そ、そこは…はっ、ああ~んっ」   fin

ともだちにシェアしよう!