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13 互いの思い

「聖女様の息子にしちゃ、お前はあさましいやつだにゃ」 「煩い。そんな事、僕が一番よく分かってるんだ。でももう僕には時間がない。この砂嵐が終わるまでに、あの部屋に行かないといけないんだよ」 「では問おう、可愛い王子様。お前にあの部屋の場所を教えるとして、その代わりにお前は俺にくれるっていうんだにゃ?」  こんな猫みたいに胡散臭い男だがやはり悪魔だ。交換条件を求めてきたのでオリヴィエはぐっと腹に力を籠めると押し殺した声で呟いた。 「……僕がお前に渡せるものなんてこの身一つしかない」  今どうしても手に入れたいものがオリヴィエにはある。その引き換えに何かを差し出しても構わないとまで気持は追い詰められていた。オリヴィエは自らの胸をぱしんっと叩き瞳を炯炯と耀かせると胸を貼る。 「髪、爪? 眼玉? それとも指? 何が欲しいの? あげるから」  それと同時にまたぞろ、下級の悪魔たちが青白い焔を燃え上がらせながら『俺に食わせろ』『目玉をよこせ!』『喉にしゃぶりつかせろ』などと口汚く騒ぎながら二人の周りをぐるぐると回る。しかしケットシーが怖いのかそれ以上は近寄ってこなかった。 「おお、あの弱弱しいオリヴィエがおっかない顔で睨みつけるもんだにゃあ。そんなものお前から貰ったら、俺が後でレヴィアタンになぶり殺しにされるにゃ」  ケットシーはぶるぶるっと大して恐れてもいなさそうな顔つきで大仰に怖がってみせる。 「兄さまはそんなことしないよ。優しい人だから」 「どうだかにゃ。あいつだって魔王の倅だ」 「僕もだけどね?」 「お前は十分恐ろしい奴だにゃ。長い歴史でもこれほどの禁忌を犯そうという大それた奴はいない」 「……覚悟の上だ。僕は母さまみたいな聖女様じゃない。どちらかといえばね、ハーゲンティ様によく似てるんじゃないかな」  自嘲気味な呟きだったが、オリヴィエに迷いはなかった。ケットシーはもう元の猫の姿に戻ったので、今度はオリヴィエがしゃがみこみ、腕の中に抱き上げた。 「はあ、もうどうなったって俺様が部屋を教えたからとかいうんじゃないにゃ。その代わりお前あれだあれ、ルルウさまが俺にたまにくれたあれを持ってきてくれ」 「あれ?」 「あれだにゃ、かりかりの、すんげぇうまい、人間界のやつだにゃ」 「ああ、猫の食べ物ね。分かったよ。そんなものでいいなら今度人間界から取り寄せてみるよ。だから早く、あの部屋の場所を教えて」 ※※※  レヴィアタンはいつもより早く寝台の上に寝転んだものの、まったく眠くならなかった。  しかも闇夜にも強い眼を持つせいで、暗くしたところで昼間とそう変わりない程度に周囲が見えるから、余計に目が冴えてくる。  ごろりとまた寝返りを打ち、大きな枕にげしげしと角を突き立てる。 「刺さった」  二回突いたぐらいで羽根が飛び出してきてくしゃみが止まらなくなったので、枕を掴み上げて寝台の下に放り投げる。むしろ派手に周囲に羽根が舞い散ったがお構いなしだ。レヴィアタンはすっかり落ち込み沈んでいた。 (初めてリヴィに避けられてしまった……)  自分が物分かりの良いようなふりをして父上の決定を先に肯定した形になったから、オリヴィエを怒らせてしまったのだろう。  今までオリヴィエが誰か特定の者と付き合ったりしたことはないと知っている。だからと言っていきなり親の決めた相手に、しかも花嫁とはいえ格下どころが隷属に値する使役魔になるなんて抵抗しかないだろう。そんなことレヴィアタンとしてもとても許せない。 (お前を大叔父上のところにやるなんて絶対に嫌だ) だから今必死でオリヴィエを護る方法を考えている。仮にもオリヴィエは魔王の息子。魔力は普通の人間よりは大きいかもしれないが、如何せんそれを貯める器が小さく身体に負担がかかるのかもしれない。淫紋が多分その器を広げる作用をもたらし、自身の魔力と主から得られる魔力の二つを身の内で混ぜ合わせることができる様になれば、きっと寿命も延びる。  父王の言う通りオリヴィエを生涯にわたり愛しぬき、淫紋に魔力を注ぎ続けられるような無尽蔵の力を持つ悪魔なんてそうそういないのだ。  その相手にぴったりな者を、レヴィアタンは一人しか心当たりがない。 「俺、なんてな……。ははは、駄目だろ、俺たち兄弟だし」  呟いてから流石に恥ずかしくなって一人で目の色と同じぐらい真っ赤になってしまった。今一人で部屋にいる状態だから、どんどんと妄想が膨らんでいく。 (でも俺ならやったことないけど多分淫紋ぐらい余裕で刻めるだろうし、魔力量は無駄に多い。なにより俺はリヴィを愛してる。むしろ俺はリヴィしか愛してない) 

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