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第40話 突然の来訪者
律は即座に通話ボタンを切り、僕に一言断りを入れた。
「すいません。きみはそこで待っていてください。すぐに戻ります」
額に手を当てて部屋を後にする背中を見送り、僕は困惑したまま1人残される。
しばらくしてドアの向こう側から聞こえてきたのは、明らかに酔っ払っている人の声だった。
えへへーとか、あぁーとか陽気な笑い声が反響してくる。
たぶん、近隣住民にも丸聞こえだ。
僕は玄関までいってドアを開けた。
「あぁ千紘、すみません助かりました」
「あれぇ、キミ、どなたかなぁ?」
案の定、お客の男はお酒の匂いをさせていた。
律の肩に手を回して体を支えて貰っているその男の人は身長が高く、まるで俳優のような華やかさを身に纏っていた。
「律ぅ、俺やっぱ帰った方がいいー?」
男は虚ろな表情で律の顔を覗き込んでいる。
その距離がとても近すぎて僕は目を見張った。
「そんな状態で帰れるわけないでしょう。とにかく中に入って。ご近所迷惑です」
「えへへー、ごめんねぇ、お邪魔しまーす」
男の人は僕にも明るく謝って、玄関に入ってきた。
ドアが閉じられた瞬間、律の腕をすり抜けて床に座り込んでしまう。
「み、水ちょーだい……」
「どうしてそんなになるまで飲んだんですか」
「しょうがないじゃーん、色々とあったんだからぁー」
「……待ってて。絶対にそこで吐かないでくださいね」
律は溜息を吐きながら僕の横を通り過ぎ、キッチンへ消えていった。
僕はうずくまっている男の人の背中を見つめる。
金褐色の長めの髪を後ろへ流すスタイリングをしているのだが、少しくずれている。
さっきはあんなにはしゃいでいたのに、まるで別人のようだ。
「あのー……大丈夫ですか?」
男の人はゆっくり顔を上げる。
きりりとした細い眉と茶色い色をした瞳が印象的なその人は、律と同じくらいの年に見えた。
「だいじょーぶ。ごめんねーいきなり来て。俺、雷って書いてライって言うの。君は?」
「えっと、深山です」
「ミヤマくんねー。ミヤマくんは律の恋人ー?」
「はい? 違いますよ、ていうか男ですし僕」
「分かってて聞いてんだけど」
「はい?」
言ってることが分からなくて首を捻る。
酔っ払いの言うことに耳を貸す必要は無いのになぜか考え込んでしまうと、雷さんはますます面白そうに目を細めた。
「聞いて驚くことなかれ、俺、律の元カレなんだぜ」
僕が目を瞬かせている間に素早く戻ってきた律は、すかさず酔っ払いの頭頂部にチョップをお見舞いした。
「適当なことを言ってるとゴミ捨て場に置いてきますよ」
「酷いなぁりっちゃーん、悪かったよぉ」
「ほら、水」
雷さんは渡されたグラスの水をごくごくと飲み干した。
何なんだろうこの人。
律とはどういう関係だろうか。
なんとなく居心地の悪さを感じていると、雷さんが充電完了と言わんばかりにスクッと立ち上がった。
「よし、律、今晩泊めてくれるー?」
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