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第14話 佐野の告白
駅から自宅までの間、佐野は一言も喋らなかった。何だか深刻そうな顔をしていて、こちらも容易に話しかけられない。
自宅前に着くと、佐野は俺の目の前に立ち、深呼吸をして話し始めた。
「俺は、委員長が好き。だから大事にしたいと思ってる。セフレじゃないから、絶対。それだけは覚えておいて欲しい」
佐野の「好き」という言葉に、心臓が跳ね上がった。その後心臓は強く激しく動き、マラソン大会の最後の数mを走っているかのように呼吸が荒くなった。全身が熱い。
「そ、その……佐野の言う『好き』というのは、恋愛のそれなのだろうか?」
「うん、そうに決まってるじゃん」
佐野の「そうに決まってる」という言葉を噛み締めている自分がいる。俺は想像以上に佐野のことを好いているのかもしれない。
「それより、俺のこと『佐野』って呼んでくれたのうれしい…」
佐野が左手で鼻を擦っている。照れているようだ。
「ああ、心の中では随分前から佐野と呼んでいた」
「そうだったの?じゃあさ、下の名前で呼んで欲し…」
「それは断る」
下の名前なんて呼べるわけがないだろう。佐野は俺のことを好きだと言いつつ、俺の性格を分かっていないようだ。ド変態だが、尋常じゃないくらいの恥ずかしがり屋でもあるのだ。
「えー断るの早い。なんでダメなの?」
頬を膨らませる佐野は、あまりにもかわいらしすぎる。自身の胸がほんわかと温かくなるのを感じる。
「そ、それよりも、ユイとはどういう関係なのか聞いてもいいか」
ときめいている場合ではない。俺はこの件でずっと苛立っているのではなかったか。
「ユイとは中学の時に付き合ってたんだけど、今は別れてる」
「じゃあ、ユイともセフレじゃないのか?」
「違うよ!というか、俺にセフレはいないよ。この間、別れてから初めてユイとそういうことになったんだけど…でもごめん、俺がだらしないせいで委員長を怒らせた。本当にごめんなさい」
佐野の目に嘘はないように見える。
「確かに、ユイと佐野の関係については気になっていたが、その…行為については特に怒ってはいない」
「え、そうなの?」
「ああ。2人の過去について俺が何か言える立場にはないし、この間のその…行為についても、2人の自由だろう」
「委員長ってかっこいいな。俺としては、ちょっとは嫉妬して欲しかったけど……あーやっぱり委員長のこと、好き!」
佐野はそう言うと、ぎゅっと抱きしめてきた。また俺の心臓が急速に動き出し、全身が熱くなる。
「お、おい。誰かに見られてたらどうするっ」
佐野はさらに強く俺を抱きしめてきた。スポーツをしているからか、佐野は胸板が厚く、見た目以上に筋肉質だ。
「あれ?じゃあ、なんで委員長は怒ってたの?」
佐野は俺を抱いたまま、疑問を投げかけてきた。
「今日、ユイに話しかけられた。その際、俺のことをオメガだと言っていた」
「え!?ユイと話したんだ?」
「ああ。佐野が、俺がオメガだとユイに言ったのかと思って、それでついカッとなってしまった。申し訳ない」
「委員長が怒るのは当然だよ」
佐野は俺を抱きしめ続けている。少し肌寒い風が吹いているが、佐野の体温で暖かく、なぜだか心地よく、俺の怒りは静まり返ってしまった。
「初めに、委員長はオメガじゃないか、と言ったのはユイだったんだ」
「そう、なのか…?」
俺の怒りは見当違いだったようだ。佐野へ当たってしまい申し訳なく思うと同時に、安堵の気持ちが沸き起こった。やはり佐野は、面白おかしく人のセンシティブな話題を言いふらす奴ではなかった。
「うん。俺が『委員長から甘いにおいがする』って言ったら、ユイがそうだって言ってた」
「甘い、におい…?」
「今もほんのり感じる。どう表現すれば良いか分からないけど、ものすごくエッチな気分になる」
そう言うと、佐野は俺の首筋に口付けをしてきた。
「ひゃっぁ…」
佐野のたった1回のキスで、とろけそうな気分になる。
「委員長のその顔、すごくそそられる」
そのまま佐野は、半開きに開いた俺の口を閉じるように、唇を重ねてきた。少し口付けをされただけで、俺の全身は佐野を求めている。
「あの日も、委員長から甘いにおいがして、そそるような表情をしていた。それで、居ても立っても居られなくなって、ユイに頼っちゃったんだ」
あの日とは、ユイと佐野が行為に及んでいた日のことだろう。その日俺は、1人でピンクローターを楽しんでいた。それが原因で、2人はセックスをしてしまったということか…?
佐野は話しながらも口付けを止めず、互いの舌が激しく絡み合う。だんだんと気持ち良さが増し、前後の欲望から露が出始めている。
佐野もなかなかの変態であることは理解している。俺はド変態だ。変態2人をこのまま放置していたら、自宅前でセックスが始まることもあり得る。それはさすがにまずい。何か、何か別の話題を……。
「っん、ね、ねえ!」
佐野を無理矢理引き剥がし、接吻を止めさせた。
「何?」
「あの…その、なんだ。ユイとは、何故別れたのか聞いてもいいか?」
「んー…ユイとは気が合うんだけどさ、恋愛とは違うなってお互い思ったんだ。説明しづらいんだけど、似たもの同士過ぎるんだよね。お互いアルファだから、相手の考えてることもよく分かってしまうし…」
「ちょっと待て!佐野はアルファなのか?」
「うん、そうだけど」
驚き過ぎて大きな声が出てしまった。佐野はアルファだったのか…。アルファらしくないというと偏見だろうか。アルファはもっと自信家で、自分の能力をひけらかしている人が多い印象だった。
ユイがアルファだというのは、その妖艶さや自信のある態度から理解できるが、佐野は……何というか、アルファらしくない人懐っこさがある。…え、違くないか?
しかし佐野がアルファだとすると、抱いていた疑問に合点がいく。アルファはオメガのフェロモンに敏感だ。発情期以外でも、稀にオメガのフェロモンを感知するアルファがいると聞いたことがある。
佐野がユイと行為に及んだ日も、俺のフェロモンに当てられたのだとしたら、高まる性欲に抗えなかったのは仕方がないのかもしれない。
佐野の話を聞こうともせず、自身の感情のままに怒りをぶつけ、挙げ句の果てにはオメガのフェロモンを振り撒いて佐野に迷惑をかけるとは。自分の愚かさに言葉がない。
「なんか騒がしいと思ったら、りょうか。近所迷惑だから、うちに入りなさい。そこのお友達も」
夕飯の支度をしていたのか、エプロン姿の父が家から出てきた。まずい、我を忘れて変態な行為を自宅前でしてしまった。父に見られていなかっただろうか。
「すみません、うるさくしてしまって。もう帰るので、大丈夫です」
佐野は申し訳なさそうに俺の父に挨拶すると、そのまま立ち去ろうとした。
「ちょっと待って。お腹空いてない?もう夕飯できるから、食べていって」
父の優心 は優しく微笑みながら佐野に話しかけた。優心はいつも笑顔で、誰とでもすぐ打ち解けられる人だ。きっと佐野ともすぐに仲良くなるだろうが、俺にとってはまずい状況だ。
なぜなら、俺には父親が2人いるからだ。1人はオメガの優心、もう1人はアルファの武 だ。父親が2人いるということが、俺がオメガである決定的な証拠になりそうな予感がする。
幸い、武は出張中なので今日は帰ってこないが、優心はなんでもペラペラ喋る人なので、俺がオメガだということを佐野にバラされそうで大変危惧している。
でも今更、俺がオメガであることを佐野に隠す必要はあるのだろうか。それに、先ほどから何度も中断している行為の続きがしたい欲望にも駆られている。
さまざな感情や欲が入り混じり、複雑な心境ではあるが、佐野ともう少し長く一緒に居られると思うだけで胸が高鳴っていた。
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