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第16話 【名津視点】発情期の暴走

 自宅まで送ると言ってくれた優心さんの車は、黒のSUVで、甘い顔立ちとは裏腹にかっこよかった。「冬はよくスキーに行くからさ」と笑っており、りょうがスキーをする姿を想像した。ゲレンデで見るりょうの笑顔は、素晴らしいに違いない。 「今日は引き留めてごめんね」 「いえこちらこそ。夕飯美味しかったです、ありがとうございました」 「よかった、また遊びに来てね」  自宅へ向かう車の中では、優心さんと俺の2人きりだ。りょうも一緒に車に乗ると言っていたが、先ほどの激しい行為で疲れているようだったので「大丈夫」と諭した。 「実は、りょうが家に友達を連れてくるのは初めてなんだ。あ、もう恋人なのか な?」 「あ…えーっと、見てました?」 「うん。そりゃ、自宅前であんな堂々とチューされたら、視界に入っちゃうよ」 「すみません…」  先ほどの激しい行為の方を見られていなくて安堵したけれど、これ、りょうに怒られる案件じゃない…?でも、怒ってるりょうもかわいいんだよな。 「いや、大丈夫。びっくりしたけど、食事中にりょうが楽しそうにしてて安心した。むしろありがとう、仲良くしてくれて」 「あの…大事にします、りょうくんのこと」 「あはは、高校生だもん、普通に恋愛を楽しめば良いよ。でも大事にしてくれると嬉しいな。りょうは俺たち夫婦の宝物だから」  優心さんは、やっぱりりょうの親だ。顔立ちが似ているだけじゃなくて、優しい性格もそっくりだ。 「ところで、りょうがオメガだってことは知ってるよね?」 「あ、はい。でも本人は認めてませんけど」 「うわー容易に想像できるな、頑張って隠そうとしてる姿」  一度だけ、りょうにオメガなのか聞いたことがあったけど、あっさり否定された。でもあの誘われる感じやにおい、エッチした感覚などから、オメガ以外あり得ないと思うようになった。  ただ、りょうが隠したいならこれ以上追求するつもりはないし、曖昧なままで良いと思ってる。 「オメガはやっぱり少ないから、悪目立ちするって本人は思ってるのかもなー」 「りょうくんは学級委員長として、クラスのみんなのためにいつも頑張っています。もしオメガだと知られても、問題ないと思います」  オメガを差別する人は、残念ながらいる。でもりょうは今までクラスのため、みんなのために努力してきているし、慕われている。オメガだとバレても、それでみんなの態度が変わるとは思えない。いや、俺がそうさせない。 「そっか、りょうは学校でうまくやってるんだな」  優心さんは前を見ながら破顔し、一呼吸置いて話し始めた。 「1つだけ、うるさいかもだけど忠告させて」 「あ、1つと言わず、遠慮なく全部言ってください」 「あはは、1つしかないよ。俺もオメガだから経験があるんだけど、恋人ができるとホルモンバランスが崩れて、発情期が乱れる」  そう言うと、優心は路肩に車を停めた。 「着いた、この家かな?」 「あ、その隣です」 「え!?そっちは何かの施設かと思った。豪邸だなー」  優心さんが我が家をマジマジと見ている。建物そのものよりも庭の方が広いので、ここからは建物はよく見えない。でも築年数は結構古いので、近くで見ると怖さを感じる屋敷なのだ。 「あーよく何かの施設だと間違われて、知らない人が見学しに来たりします」 「やっぱり。僕も見学しに行っちゃいそうだもん」  俺の家は確かにでかい。でも小さいときはそのでかさが怖くて落ち着かなくて、家をあまり好きになれなかった。 「あ、そうそう。さっきの話の続きだけど、これ」  優心は、何錠ほどか包装された薬のシートを渡してきた。 「これは…?」 「抑制剤。もし、りょうが良からぬ時と場所で発情したら、これをすぐ飲ませてあげて欲しい。本人も持ってるけど、いざというとき出せないから」  抑制剤を初めて見た。家にある頭痛薬のシートと同じように見える。 「たぶん、保健室にも予備の薬はないと思う。だから佐野くんに持っておいてもらえると心強いなーと思って。頼めるかな?」 「はい、もちろん」  でも気になるのは、さっきの「恋人ができると、発情期が乱れる」という優心さんの言葉だ。りょうの恋人……考えただけで飛び跳ねたいくらい嬉しいけど、りょうは俺の恋人になってくれるのかな?  そもそも恋人になる前に、こんなにエッチしてるのがおかしいのか。そしてそのせいで、りょうの発情期が乱れる…?俺のせいだよな?なるべくエッチの回数を減らした方が良いのだろうか。 「あの、りょうくんの発情期が安定するにはどうすれば良いですか?」 「んーそんなの、本人も分からないんじゃないかな。むやみやたらと恐れず、備えておけば大丈夫」 「そう、ですか。分かりました。今日は本当にありがとうございました」  優心さんの車を見送って帰宅する。すごい嫌だけど、やっぱりちょっとエッチの回数減らそう。りょうが平穏無事に学校生活を送ることが、もっとも優先すべきことだ。抑制剤をバッグにしまい、気持ちを整えてから帰宅した。 「名津、おはよー」 「おはよ」 「今日は体育祭の練習日か、部活は休みだな」 「うん、だなー」  今日の放課後は、全校生徒での体育祭の予行練習だ。部活が休みなのは残念だけど、りょうと過ごす時間が増えるのはめちゃくちゃ嬉しい。 「あ、委員長!おはよー」 「ああ、おはよう」  校舎前の校庭で話しかけたりょうの姿に、少し違和感を覚えた。 「あれ?委員長、ちょっと熱っぽい?」  りょうのおでこに手を当てると、その手から逃げるようにりょうが後退した。 「大丈夫だ、問題ない」  りょうはそのまま校内に入って行った。 「うーん…俺、避けられてる?」  俺、何かまずいことしたか?………少し考えただけでも心当たりがありすぎて、身震いした。よし、りょうに後で土下座しておこう。  身長の高さの関係で、俺の座席はいつも一番後ろだ。だからりょうのこともよく見えるし、いつも見てる。授業が始まってから、りょうの呼吸が少しずつ荒くなっているように感じる。顔は見えないが、後ろから見える耳が少し赤い。  もしかして、発情期…?  やばい。この授業が終わったら、どこか人目のないところに連れて行かないと。授業早く終われ、終われ、終われ—— 「りょう!」  りょうが椅子からゆっくりと倒れて行く。廊下の床に落ちそうになるりょうの身体を、急いで抱きとめた。 「はあ、はあ、はあ、はあ…」  抱きかかえたりょうの身体は熱を持っていて、呼吸も苦しそうだ。 「きゃあっ!」 「委員長大丈夫か?」 「ねえ、なんかこのにおい…」  やばすぎる。同級生たちが騒ぎ出している。どうしよう、早くここから連れ出さないと。でも俺も、く、苦しい…。身長中を性欲が征服するような、胸を圧迫するほどの重圧を感じる。 「はあ、はあ、はあ、はあ…」  すごいにおいだ。全身から汗が吹き出して、熱い。  俺は全身の力を振り絞り、りょうを抱えて何とか教室を出た。足がとにかく重いが、一歩一歩、懸命に足を動かす。りょうのにおいを、学校中に振り撒くのは避けたい。何とか近くの空き教室にりょうを運ぶことができた。 「りょう、りょう…」  ぐったりとしているりょうを揺すって、声をかけた。でも、揺するたびにオメガのにおいが放たれ、俺の高まりが背伸びをするように勃つ。 「さ、佐野…もうダメ…入れて、欲しっ…」  俺も耐えられない。でもこのままりょうを抱いたら、それこそ俺の欲望が暴走して止められなくなるかもしれない。  優心さんにもらった抑制剤が、ポケットに入っている。それを握りしめて、俺は立ち上がった。

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