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第34話 【名津視点】君のヒーローになりたかった
目を開けると、黒い丸がひしめき合う天井が視界に入る。何度この天井を見ただろう。
あの日のあの出来事を夢に見て、何度もうなされ、眠れない夜を過ごした。寝返りを打つと、かき氷を一気食いしたときみたいに頭をつんざくような痛みが走る。
でもそんな痛覚より、りょうに会えない苦痛の方が優った入院生活だった。
あの日、12月3日。朝練が終わって教室へ向かうと、りょうと春久が楽しそうに会話しているのを見かけた。
胸騒ぎがした。春久は不器用なところがあるが、一度親しくなるともっと知りたくなるような、人を惹きつける魅力のある奴だ。
ユイが春久を好きになったのも、当然だと思った。りょうに、俺とユイが別れた理由を尋ねられたとき、「気が合いすぎて、お互い恋愛とは違うと思った」と言ったが、あれは嘘だった。
ユイは俺ではなく、春久を選んだ。ただそれだけのことだった。でもそんなこと、りょうに言えるわけがない。りょうは絶対に、絶対に誰にも渡したくないから。
先ほどのりょうと春久の姿を見て、また同じことが起こるような気がした。感情が荒れた海のように激しく波打ち、不安に襲われる。
そのすぐ後、りょうに「部活が終わるまで待ってても良いか」と聞かれたとき、別れを切り出されるのではないかと思って冷たく断ってしまった。
どうしたら、りょうを失わずに済む?今の俺に何ができる?
考えて考えて、1日中頭が擦り切れるかと思うくらい考えて。いつもみたいに身体を重ねれば、りょうが喜ぶ行為をすれば、別れなくて済む?なんて、馬鹿なこともたくさん考えた。
りょうのように優秀な頭を持っていたら、何か思いついたかもしれない。でも俺の頭じゃ何にも思い浮かばなかった。
結局、一度もりょうに話しかけることができず、部活動の時間になってしまった。
だけど、頭の中はりょうのことでいっぱいで、練習試合中もパスは取れず、シュートは何十回も外し、終いには手首を強く捻ってベンチで休むことになった。
「すみません、今日は帰ります」
すでに脳内はショートしていて、自然とその言葉が口から出ていた。
1人で帰りながら、りょうの今朝の誘いを断ったことを悔やんでいた。ふと前を見ると、りょうと春久の姿を視界に捉えた。
今もっとも見たくない光景が眼前に広がっている。身体が硬直し、だけど視線を逸らすことはできなかった。頭だけが働きまくっていたから、すぐに気付いた。
——川中だ。
以前、りょうを襲おうとした元担任教師だ。俺は親の力を借りて、川中を学校から追い出した。でもなぜ学校の近くにいるんだろう。
そのとき、りょうに向かう川中の憎悪のようなものが見えた気がした。
頭の中は真っ白で何も考えられなかった。ただとにかく、りょうの元へ一心不乱に走った。速く速く速く、もっと速く動けよ足って、それしかなかった。
りょうにたどり着いた直後、左脇腹辺りに冷たく鋭利なものが侵入してくるのを感じた。
いきなり冷凍庫に放り込まれたかのように、全身が冷気に包まれた。確かに今は冬の季節で寒いはずだが、凍えて体の震えが止まらない。それなのに侵入口は熱く、燃えているようだった。
そこから意識が朦朧としてきたが、りょうの俺を呼ぶ声がして、意識がはっきりしてきたかと思うと同時に痛みが襲ってきて、また意識が飛びそうになって、りょうの声がして……と、その繰り返しだった。
その後、気付いたら病院のベッドで寝ていて、左上から母親の驚喜するような表情が目に入った。
俺はりょうを守りながら、生還した。りょうのヒーローになれたんだ、と愉悦に浸っていたが、ぬか喜びであったことに気づくのに、そう時間はかからなかった。
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