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第48話 タートルネックの過ち

 小柄な優心が、長身の名津に料理の手伝いをさせている姿は、微笑ましかった。まるで、身体ばかりが成長した出来の悪い子供に、せめて1人で生活できるように最低限のことを必死に教え込む親のように見える。  名津は最近1人暮らしを始めたばかりだから、何かと不慣れで手際が悪い。それに比べて優心は、長年うちの中心になって家事を率先してやってくれているので、手馴れている。  懸命に包丁を運ぶ名津の横顔は、バスケのときの真剣さとは異なり、あどけなさが垣間見えた。ああ、大好きだと素直に思う。だからこそ傷つけたくないし、幻滅されたくないと思ってしまう。 「……」  名津の悲しむ姿なんか見たくない。だが、黙っていればいるほど、悪い方向へ向かって行くだけだ。抗わなければ、坂を転げ落ちるように俺たちは簡単に引き裂かれる。 「りょう、もう起きたの?」 「ああ…あっ!よそ見すると危ないぞ。俺が変わるから、名津は適当に座っていてくれ」  名津の手元が危なっかしく、見ていられない。こんな調子じゃ、1人暮らしをしているアパートでもろくなものを食べていない可能性が高い。やはり名津のアパートには定期的に行ってやらないと。 「いいの!りょうは休んでて!」  名津の包丁をもらおうとすると、その手を振り払われた。 「なぜそう頑ななんだ。怪我でもしたら、バスケに支障をきたす」 「優心さんにちゃんと見てもらってるから大丈夫。それに、料理しても怪我しないように、もう少しできるようになりたいの。りょうの方こそ、その辺で休んでてよ」  そう言うと、名津はまな板上に転がる人参に目線を落とした。 「まあまあ、ここは佐野くんを信じて待ってたら?」  俺は優心にもなだめられ、ダイニングの椅子に腰掛けた。だがキッチンの方が気になって、そわそわしてしまう。  名津の一挙手一投足にいちいち反応している俺を見て、優心がくすくす笑っている。 「何がおかしいんだ」 「いや別にー。りょうがソワソワしてる姿が面白いだけ」 「なっ…!」  何がおかしいのか。あんなに危なっかしい手つきを見せられて、心配にならないやつがいるか。 「名津、調味料はそこまで細かく計らなくても大丈夫だから……」 「だから、りょうは黙ってて!」 「いやだがしかし……」 「もう!部屋に行って、勉強でもしてて!」  名津はそう言うと、俺の身体を半回転させ、背中を押して自室へと促した。  部屋に戻されても、相変わらずそわそわしていた。座って、歩いて、座って、歩いて……を繰り返しながら、気づくと首裏を撫でていた。  あの時以来、無意識に首裏を触る癖が付いてしまった。もうシアトルの雨季が明けようとしているのに、俺はまだウジウジと悩み続けている。  結局、1時間近く経ってからリビングに呼び出された。ゴツゴツとした野菜が入ったビーフシチューを食したのだが、その不恰好さとは裏腹に美味しく、おかわりをしてしまった。3人で食べる夕食が久しぶりで、何故か無性に切なくて、嬉しかった。大切な時間ほど、あっという間に過ぎてしまう。  名津はそのまま泊まっていくのかと思っていたのだが、食器の片付けが終わったら帰ると言う。いつもなら泊まっていくはずなのだが、俺が自分を避けていることを察しているのかもしれない。だが、このまま帰られては困る。 「じゃあ、今日は俺が名津の家に泊まろうかな」  言わなければ、首裏の噛み跡のことを。まずは名津と2人きりにならなければ。 「あれ?課題はいいの?」 「あー…うん。問題ない」 「ふーん……そっか」  訝しそうにこちらを見つめる名津と、目を合わせることができない。やはり、俺が適当な言い訳をして避けていたことを、勘づいているようだ。  名津が運転する車に揺られている間、あまり会話は弾まなかった。俺から話しかけても、曖昧な返事しか返ってこない。  初めて名津が運転する車に乗ったのは、あの発情していたときだからあまり記憶がない。実質、初めて名津の運転する姿を見ているわけで、名津のそっけない態度なんて関係がないくらい心臓が高鳴っている。  よくテレビドラマで観るような、ドライブデートをしている気分だ。街灯が、名津のなめらかな肌を照らす度に、それをうっとりと見つめる俺の顔が顕になる。ふとサイドミラーが視界に入って気づいたが、自分の顔があまりにも腑抜けている。急に恥ずかしくなり、黙ることにした。  シアトルでは至る所で桜を鑑賞できる。たまに、日本にいるような錯覚を覚えることもあるくらいだ。夜の薄明かりに照らされた桜も、日本のそれと同じように美しい。  窓の外の桜をぼんやりと見ていると、景色の流れが止まった。名津のアパートに着いたようだ。白を基調に、柱に沿って赤煉瓦が施された外壁は、シンプルでありながら重厚感も感じられる。  ぼーっと建物を眺めている間に、名津は車から俺の荷物を運び出していた。 「りょう、こっち」 「あっ、ああ」  名津の大きな背中を追いかけて、マンション内に入った。すぐにエントランスのオートロックに突き当たり、名津が何やら番号を入力して扉が開いた。すぐに左折し、左手に見えた階段を上がる。  名津は2階のフロアに入ると、手前から4つ目の扉の前で立ち止まった。ここが名津の部屋らしい。  名津の両手は、俺の荷物で埋まっている。俺は咄嗟に、名津からもらった合鍵をポケットから出して扉を開けた。 「鍵、持っててくれてたんだ。ありがとう」 「……当たり前だろう」  名津に合鍵をもらったあの瞬間が蘇ってきて、ほんのりと頬に熱を帯びたのを感じる。本当はもっと早くこの扉を開けたかった。  戸を開けて中に入ると、名津が横から覆い被さってきた。どんっ、という音と共に、右手の壁にぴったりと背を付けられ、名津の身体が眼前に立ちはだかっている。顔の両側には名津の長い手が置かれていて、少しも動けそうにない。名津の鋭い視線が俺の眸子を射抜いて、視線を逸らすこともできない。 「なんで俺のこと避けてたの?俺、何かした?」 「……いや、こっちが悪いんだ。もう少し早く名津に話せば良かったのだが、言い出せずにいた」 「じゃあ、今日はそれを話すためにここに来てくれたってこと?」 「ああ」 「……分かった。とにかく中に入ろう」  名津は俺から離れると、慣れた手つきで家の電気を付け、荷物をどこかへ持って行った。  もしかしたら、俺はルークとすでに番になってしまっていて、名津とはもう付き合えないかもしれない。口にも出したくもないような事実を、これから名津に告げるのだ。それなのに、俺の前がいきり勃ち始めている。ズボンの圧迫感で今にも倒れそうだ。  俺の変態具合には、自分自身でさえ呆れ返っている。運転している名津は想像以上にかっこよく、今の接近により、俺の高まりは最高潮に達していた。  しばらく離れていたせいもあって、俺の中の欲望は体中に充満していた。早く名津が欲しい。  充満した俺の欲望が、身体中の血液を奪っているようだ。壁際から歩き始めた途端、目の前がぐるぐると回りだし、そのまま膝から崩れ落ちてしまった。 「りょう?!大丈夫?!」  すぐに名津が駆け寄ってきて、肩を抱き上げてくれた。 「発情期……じゃないよね?」 「もっ……我慢できなっ…」 「もしかして、勃ってる?」  名津が、今にも弾け出しそうな俺の前を緩めると、パンツの中で主張する高まりが顕になった。 「りょう、何これ?」 「わ、悪いっ……」  名津がぐっと体勢を下げたと思ったら、そのまま俺の首と膝裏に手を入れ、抱きかかえて歩き出した。もはや俺の前は粘り気を帯び、ひんやりと気持ち悪さを感じるほどだ。  ベッドに寝かされ、下腹部を覆う衣類を全て剥がされた。すーっと冷たい風が熱い欲望を冷やしていく。 「これ、何?ものすごくびちゃびちゃなんだけど」 「っそ、それは……」 「俺は、りょうがずっとうちに来てくれなくて、しばらく悩んでたんだけど。りょうの気に触ること、何かしちゃったんじゃないかって」 「ひっ…いま、触られたら……やっ!」  名津の硬く大きな手が、赤く熟した自身の高まりにまとわりつく。 「そんな俺の気も知らないで、なんで勝手に興奮してるの?」 「ひゃっあぁっんっ…!触んないっ…でぇぇっ…あっ!」  高まりを握る手は、裏筋が擦り切れるほどに激しく動いて止まらない。 「もっ……でちゃっ……んっ!」  睾丸に溜まりに溜まった欲望が、ほとばしってしまった。解き放たれた白濁液が、名津の身体めがけて飛び散り、ねっとりとへばりついている。 「なんだか、いつもより薄い気がする。まさか、自分でしてた?俺が悩んでる間に」  名津は、手に付着した俺の欲望を舐めながら話している。その姿を見ただけで、また少し前が膨らみ始めた。 「いや……していない」 「ふーん。ちょっと待ってて」  名津はベッドから降りると、自身のバックパックからリストバンドのようなものを持ってきた。そして徐に、欲望を発散して放心状態の俺の両手首、両足首に巻き付けた。 「こ、これって……」 「りょうの部屋でいいもの見つけたから、拝借してきた」  俺が少し前に購入した拘束具が、名津に見つかってしまったようだ。双眼鏡のように、手と足用のベルトがくっついた拘束具だ。両手足がくっつくように拘束できるため、自然と大事な部分が露わになる。 「……俺が寝ている間に見つけたのか?」  名津を睨みつけてはいるが、両手足を拘束され、大開脚で陰部を見せつけている格好はさぞ滑稽であろう。 「他にも見つけた。前より増えてるよね?俺のこと避けている間も、こういうものを買ってたってことでしょ?本当に…してないのかな?」  そう言うと、名津は俺の全身を舐めるように見つめて、破顔した。その表情を目にしただけで、くらくらするような高揚感に襲われる。 「俺のこと避けて、嘘までついて……お仕置き、だね?」 「っん!」  名津の中指と薬指が、しばらく触っていなかった窄まりをこじ開けた。出し入れされる度に、もう一度イきそうになる。 「この裏側にさ、ホクロがあるんだよね。これ知ってるの俺だけかな?」 「ちょっ……そんな、見ないでって…ひゃっあっ!」  名津の視線が窄まりに集中しているのが分かる。その視線を感じるだけで、愛液が溢れ出ているのに、名津の長い指が追い打ちをかけるように激しく動く。 「すごい、どろどろ。入れたら気持ち良さそう」  下を向くと、自身の卑猥な場所がよく見える。名津の指が左右に広がって、高揚した内壁が丸見えだ。そこに、名津の指が3本入っていくのが見えた。 「うっ、あぁぁぁぁっ!も……イッちゃぅぅっ!」 「だから、イッちゃだめでしょ?まずは、なんで俺のこと避けてたのか、理由教えて」 「こんなっ……状況で、言えるわけなっ…やっ…あっ」  快感で意識が遠のきながらも、下を見てみると、名津の3本の指が根元まで俺の中にあった。内壁の全面を撫でるように、指が激しく動いているのを感じる。 「やめっ…てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」 「お仕置きだから、やめられないよ。ほら早く、理由教えて。じゃないと、もう1本入れちゃうよ?」  名津の指から逃れようと動くと、余計に刺激が強まりイきそうになる。 「ま、待て……腹がく、くるしっ…話せ、ないっ…」 「分かった、じゃあもう1本指入れるね」 「やめっ!もっ無理っ…やっあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛!」  窄まりがさらに拡がるのと同時に、気が遠くなるほどの快感に襲われた。その直後、屹立から半透明の愛液が勢いよく飛び散り、顔面を濡らした。  自身の粗相で汚れた顔を、名津の手が優しく撫でる。頬を伝って耳穴に落ちそうな雫を、舌に舐め取られた。 「その顔よく見せて。この表情を知ってるのも、俺だけだよね?」  全身の力が入らず、名津の問いかけに応じることができない。 「じゃあ、もうお仕置きはおしまい。ベルトも外すね」 「えっ……」  もう快感の大波が全身を覆って、そこから逃れられなくなっているというのに、名津は俺の両手足から拘束具を外すと、それを持ってベッドから離れてしまった。 「ま、待て……本当に終わり、なのか…?」 「うん。だって、お仕置きしてもりょうは何も話してくれないし。もうお手上げだよ」  そう言うと、名津は破顔してどこかへ行ってしまった。いつもの、体の芯まで照らしてくれるような明るい笑顔だ。  本当に、これで終わり……?いつものように交わってないじゃないか。名津はそれでもいいのか。もしかしたら、名津はもう俺に飽きたのか……?  名津に伝えるべきことを伝えず、その上名津を避けるようなことをして、バチが当たったのかもしれない。名津はこんな俺に愛想が尽きたんだ。  紅潮していた肌がひゅっと元の色に戻り、火照りが一気に引いていく。重い腰を上げ、衣類に手を伸ばした。そのとき、ぐっと両肩に圧を感じ、そのままベッドに倒れ込んだ。 「はあ…はあ…やっぱ、無理」 「あっああ!」  まだ愛液を垂れ流す窄まりを押し広げ、名津が体内に侵入してきた。その快感と衝撃で、ビュッと勢いよくまた精を放ってしまった。それでも名津の動きは止まらない。 「なんでっ、そんなエロい顔するの?耐えられるわけないじゃん」 「あ゛っあ゛っあ゛っあ゛っ…名津、もっと…欲しっ…ひゃあ゛っ!」  名津は挿入しながら、着ていたシャツを脱ぎ捨てた。鍛錬を重ねた身体は、あまりにも秀麗だ。その肉体が俺の中に何度も入り、暴れ、血液を沸き立たせるほどの情熱を注ぎ込む。 「りょうの中、締め付けがすごすぎて……ごめん、もう出るっ…」 「つ、つよっい……やっあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!」  硬く力強い名津の高まりが、小刻みに震え、みちみちと音を立てて俺の窄まりを押し拡げた。そのまま出し入れされる度に、自身の意思に反して腰が上がり、大波が溢れ出す。同時に名津も精を放っていた。  はあ、はあ、と上がりきった息を整えながら、どさりと名津が横に倒れ込む。そのまま肩を強く抱かれ、名津の火照った身体に全身を温められた。 「はあ……ごめん、俺りょうのこと、離してあげられない。たとえ、りょうが俺から離れようとしていても」  ドクン、ドクンと、名津の心音が俺の身体を揺らしてくる。名津の温かさと振動と、優しい言葉が俺を包み込んで、芯まで温める。このまま眠ってしまいたい。だが、自分の口から言わなければならない。 「……俺が、名津以外の誰かと、番になったとしても?」 「えっ……それって…」  そう聞いた途端、名津はハッとして俺の首裏を急いで覗き込んだ。 「もしかしたら、ルークと番になってしまったかもしれない」  背後に沈黙を感じる。名津はやはりショックを受けているだろう。 「だったら、あいつに消えてもらうしかない」 「えっ…」  先程の戸惑いが入り混じる声音とは異なり、低くはっきりとしたその声に、今度はこちらがはっとした。振り返ると、何の感情も読み取ることができない表情の名津がいた。

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