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第4話

 水を汲んだ硝子杯を持って中也が寝室へと戻ると、寝台に突っ伏して居た筈の太宰が僅かに身を起こして暗い室内を見回して居た。一口水を流し込むと喉仏が大きく上下する。其の音に気付いた太宰は中也を振り返り、大人しく為て居ろと云わんばかりに空に為った寝台へ招く様に叩く。  自分の体調を一番善く解って居る中也はやれやれと云った表情を浮かべ乍らも、太宰が望む通り寝台へ上がり布団の中に身を沈めていく。しかし先程迄とは異なり脇に竚む太宰の方を向き横になる。中也の様子からも熱が大分引いて居る事に気付いた太宰の顔が安堵から柔く緩む。 「――ねえ、熱の有る時は性欲が高まるって本当なのかい?」  こんな時で無ければ当事者に訊けない事を尋ね乍ら太宰は悪戯を仕掛けた時の様に口角と釣り上げる。そんな憎たらしい顔でさえ愛しいと思えて了うのは大分重症だと考え乍らも、中也は伸ばした指先でそっと太宰の唇に触れる。 「試してみるか?」  太宰が其れを望むなら。太宰の言葉を建前にし乍ら、中也自身は何時間も前から太宰の其の唇を欲して居た。  薄暗い寝室の中、誰に遠慮をする訳でも無かったが何故か互いに声を潜めた儘、傾けた太宰の顔が中也に近付く。 「――阿呆、感染るだろ」  太宰の唇の前に指を立て乍ら中也は苦笑を浮かべる。未だ寛解為たとは云い難い此の状況で太宰に感染って了ったならば申し訳無さしか立たない。寛解迄は後少しの辛抱で、少なくとも翌朝を迎えれば其の確率は更に高く為る。  遮られた太宰は一瞬ムッとした様な表情を浮かべたが、まるで狗の様にぶんぶんと左右に首を振ってから唇の前に立てられた中也の指を摑む。 「私が今日どれ程我慢為て居たと思って居るの……?」  中也が風邪を引いたと訊いて居ても立っても居られ無かった。探偵社はズル休みを為た。国木田に怒られるかも知れなかったが、そんな事はもう関係無かった。こういう時に自分が傍に居られないなら何の意味も無い、何の為の恋人か。熱に魘され、上気した顔は真っ赤で在ったのにも関わらず、海を讚える宝石の様な其の瞳は迚も涼しげだった。 「感染ったら如何すンだよ」 「感染らないから」 「感染ンだろ」 「感染らないって」  お互い一歩も引かぬ其の状況で先に折れたのは中也だった。幾ら太宰の罹患を危惧した処で、太宰自身から求められて了えば其れに抗え切れる程中也は頑固な訳でも無かった。一人切りで寝て居た時間に比べれば太宰が来た時には嬉しかったし、頑張って粥を作ろうと為て呉れて居た其のいじらしさを知って中也の箍も外れ易く為って居た。  ゆっくりと中也が寝台から身を起こせば、太宰も其れに合わせて上着を抑え乍ら顔を上げる。其の太宰の顔が迚も嬉しそうに見えて、中也は改めて太宰には勝てないと思い知った。太宰の伸ばした両腕が中也の首に絡み付く。中也は太宰の顎に手を掛け角度を調節する様に持ち上げると一生勝てそうにも無い此の恋人の小悪魔さに目を細める。 「――感染ったら、手前に坐薬突っ込みに行くからな?」  ――後日中也は寛解したが、案の定風邪を引いた太宰の元に嬉々として現れた中也は其の手に確りと宣言通りの坐薬を握り締めて居た。

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