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第3話

 中也が再び目を醒ました時、室内は暗く窓の外は闇に落ちていた。あのまま眠りこけて了い大方深夜だろうと考えた中也は全身の怠さがすっかり取れて居た事に気付いた。むくりと身体を起こせば其の動作は流暢で、何かに引っ張られる感覚に視線を向ければ腰元辺りに太宰が突っ伏して眠って居た。  結局一言の礼も云えずに眠落ちて了ったが、中也が眠った後も太宰は中也の傍を離れずに居た。気付けば寝巻きも先程迄とは異なっており、汗に拠る不快感も感じ無い。  ――〝有難う〟。そう伝えようと為て中也は太宰の頭へと手を伸ばす。其の時微かに聞こえた呻き声に中也は即座に手を引く。太宰を起こさぬ様そっと寝台を抜け出し、寝台に突っ伏して眠る太宰の背中に厚手の上着を掛ける。  目を醒ませば不意に喉の乾きが気に為り、中也は其の儘台所へと視線を向ける。太宰が壊滅的な音を生み出してからもう何時間も経って居るが、其の原因を確認する事が出来るかも知れなかった上、中也自身も水が欲しかった。足音を立てぬ様にそっと台所へ向かうと其の台所の惨状が飛び込んで来る。  テロにでも巻き込まれたのでは無いかと疑える程の半壊した台所、真っ黒な煤だらけで原型を留めて居ない。一気に力が抜けて其の場に膝を附いて了う中也だったが、太宰らしい惨状に逆に安心もした。  そうなると気に為るのは此の惨状で如何様にしてあの白粥を生み出したかだったが、其の答えも直ぐに中也の目の前に有った。奇跡的に爆発を免れた机の上へと置かれたレトルト粥の開けられた袋。太宰が粥を作れるとは思って居なかった中也だったが、実際本当に作っては居なかった。食中毒を免れた中也は声を殺して嗤い、一通り落ち着いた処で再度顔を上げる。  台所の修繕費用を太宰に請求為た処で払えない事は判り切って居たが、看病しようとして呉れた気持ちは確かに在った様なので今回に限り請求は何割か勉強してやろうと考えた。  辛うじて爆発から逃れた硝子杯を手に取り、煤を払って蛇口を捻る。透明な水が硝子杯に注がれる様子に視線を向けて居た中也は爆発の大本がコンロ周辺に有る事に気付いた。机の上に置かれて居たレトルト粥は電子レンジで調理出来る物でコンロは使用しない。其の証拠に電子レンジは無事な儘残って居た。三時間太宰がコンロで何かをしようとして居たのは明らかで、薄明るく照らす月の光を頼りにコンロ周辺を探ると既に原型を留めて居ない手鍋が幾つも在った。其の中身を覗き込むと凡て炭化為て居たが如何やら米の様だった。  何時間もコンロで粥を作ろうと為て居た事実に気付いた中也の口許が不自然な迄に歪む。何度も失敗を為て、台所を爆心地に為て半壊させ、最後の最後に電子レンジで温めた粥だったからこそ中也は食べる事が出来た。  指先で内容物を擦ると炭がぼろぼろと溢れる丈だったが、中也は其の一部を指先に取って躊躇う事無く口の中へ放り込む。 「にっげェ……」  呟いた中也の顔は何処か嬉しそうだった。月明かりが差し込み中也の顔を照らすと、其の頬には一筋の涙が流れて居た。炭の味しかしなかったが、先程の粥よりは何倍も美味しいと感じられた。

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