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第2話

 壊滅的な音が台所から響く度不安を膨らませて行く中也だったが、太宰が台所に向かって尤に三時間が経過した頃、太宰が再び寝室へと顔を覗かせた。 「具合は如何だい?」 「あー……先刻よりは大分マシだ」  覗き込んだ太宰はその両手に木製の盆を持っており、盆の上には何処から発掘したのか陶器製の器が乗せられていた。三時間も台所で壊滅的な音を響かせ乍ら何を為て居たのかと今更訊く迄も無く、唯太宰が其の手に持って居る物が凡そ他者を死に至らしめる効果を持つ何かで有るという事だけは明確だった。  開いた口から放たれた言葉は三時間前よりは喉への引っ掛かりが少なく、未だ掠れては居たが大分快調方面へ向かって居る様だった。太宰は盆を携えた儘再び中也の枕元へと膝を着き、一度額に貼った冷却シートを剝がしてから中也の額に手を当てる。 「起きられる? 手を貸そうか?」 「……厭、平気だ」  太宰が運んで来た器の中身が気に為って仕方が無い中也だったが、片手で額に置かれた太宰の手を摑み、肘を附いてゆっくりと寝台から上体を起こす。未だ頭のふらつきは残って居たが、一人で寝て居た時よりは大分身体も楽に為ってきており、中也が身を起こすと太宰は中也の身体の上に盆を置き器の蓋を取る。  其れは何の変哲も無い白粥だった。蓋を開けた事で微かに沸き上がる蒸気が中也の顔を直撃はしたが煮えて居る様子も無く、唯々普通の病人食だった。  太宰はレンゲで少量の其れを掬うと自らの口許へと運び吐息を吹き掛ける。少し突き出す様な形と為った太宰の唇を注視する中也はそういえば今日は未だ一度も口吻を為て居ないなと暢気に考えて居た。 「ほら、口開けて」  実際の処太宰に病人の看病が出来ると思って居なかった中也だったが、下に手を添え口許へと近付けられたレンゲと太宰の顔を交互に見乍ら躊躇いがちに口を開く。中也がレンゲを口に含むと同時に斜め上へと動かされたレンゲは程好く溶解した米粒を中也の腔内へと流し込んだ。 「美味しいかい?」 「普通」  太宰が人の食べられる物を作れた事の方が驚きだった。単純に米を煮込む丈で出来る粥では有ったが、太宰が作ると成ると其れこそ病気で無い者をも病院送りにする程の殺傷能力が有る。意外過ぎる其の出来栄えは粥の味すらも判らなくさせ、未だ少し痛む喉を米が通過すると太宰が再度口許へレンゲを運んで来る。  唯黙々と粥を口に運ぶ丈の時間が過ぎ、器の中に在った粥の殆どを食べ切った頃中也は太宰の手に注目した。レンゲを器の中へと入れ盆を中也の上から下ろそうとする太宰の手を中也は摑む。  熱で頭が回らない間には気付けなかったが、食欲を満たし意識もはっきりして来た時に気付いたのは太宰の手に巻かれた包帯の領域が普段より多い事だった。殆どの場合太宰は手首迄包帯を巻いて居たが、見れば今日は指迄包帯を巻いて居る。抑々最初に顔を見せた時は其処迄巻いて居ただろうかと中也は三時間前の事を思い出そうと必死に思考を巡らせる。  最初に現れた時、太宰は手にコンビニの袋を持って居たが、其の指迄には包帯が巻かれて居なかった――気がする。  太宰の指先迄巻かれた包帯を凝視して居た中也だったが、太宰はするりと摑む中也の手から抜け出し両肩を押して再度中也を寝台へと沈める。 「オイ、一寸待て」 「話なら元気に為った時幾らでも訊いてあげるから」  そう云って太宰は中也の額に再び冷却シートを貼る。其のひんやりとした冷たさが心地良く、布団の上から一定の間隔で叩かれる太宰の手にはまるで子供扱いだと感じ乍らも、食欲の後の睡眠欲には抗う事が出来ず中也は徐々に重く成る瞼を落とした。  三時間も台所から出て来なかった事も、何故か太宰が人間の食べる事が出来る者を作れた事も、指先迄巻かれた包帯も、何もかも中也には看過し難い出来事では有ったが、次第に其の思考毎昏い夢の中へと堕ちて行った。

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