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第1話「回る視界と白い世界」

頭が痛い。まるで誰かに後ろからひたすら殴られているかのようにガンガンと痛む。視界はだんだんぼんやりとし始めて世界がぐるぐると回って見える。 あー、しんどい。最悪だ。体調が悪すぎる。今すぐ家に帰ってベッドに入って寝たい。 それなのに何故こんな最悪なコンディションでも俺はひたすら仕事をし続けなければならないんだ。 体調が悪いのも仕事が終わらないのも、全部定時5分前に明日締め切りの仕事をふってくる課長が悪いんだ、このくそが。俺は怒りに任せてエンターキーをターンッと強く押した。 「やっと終わったー…。あー…気持ち悪い…。エナドリ飲みすぎたかな…。うぅー…頭痛ぇー…。」 痛みが増していく頭を抱えて机に突っ伏せば、デスクの上に大量に置かれてあった空のエナジードリンクの缶に肘が当たってしまい、床に落ちた。カランカランっという音は、俺以外誰もいない暗いフロアによく響いた。今の俺の職場、電機メーカーの営業部に配属されてかれこれ約5年が経つ。 新卒でこの会社に入ったばかりの頃の俺は、それはもうやる気に満ち溢れていて、絶対営業でトップを取ってやる!だなんて意気込んでいた。それが5年経った今、あの頃の夢と希望に満ち溢れていた俺はどこへやら…。毎日残業、残業、残業…の日々で、課長に嫌われているのか毎日のようにチクチクとたっぷり嫌味を含んだ小言を言われたり、わざと定時ぎりぎりのタイミングで雑務を押し付けられたりで完全に精神がすり減っている。 「はぁ…まじで会社やめてぇな…。」 ぼそっと呟いてみる。言うだけはタダだしな。転職するならもう営業職は嫌だな。でも、営業以外で俺にできる仕事なんてあるんだろうか。何の資格も持ってないし…。 あーあ、大学生の時、遊ぶばっかしてないでもっと資格とかたくさん取っておけばよかったな…。なんて今更なんだけどさ…。うわ、なんかいろいろ考えてたら余計に頭痛くなってきたかも…。壁にかかってある時計に目をやれば、時刻は0時15分を指していた。 「まじか…。もう終電ねぇじゃん…。はぁー、くそ。タクシー…は、勿体ないし…。歩いて帰るか…。」 パソコンの電源を切り、パタンと閉じる。重たい体をゆっくりと動かしながら立ち上がると、机の上に散乱している空き缶を捨ててから俺は会社を出た。 空気が少し冷たい。日中、太陽に照らされながら外回りをしている時はまだ夏を感じたが、夜は秋が近づいているのが感じられる。 秋が来て、冬が来たらまた春か。次の春で俺は入社して6年目。…このまま、ただ仕事をするだけの毎日でいいのか…?いや、いいわけない。このままじゃ、俺の人生それだけで終わってしまう。俺は、今の会社の、たくさんいる小さな小さな歯車の1人として生きるために生まれてきたわけじゃないはずだ。 思い出せ俺。小さい頃はもっと大きな夢を叶えたいと思っていたはずだ。毎週日曜の朝見ていた、スーパー戦隊になりたいと思っていたはずだ。ヒーローになれると信じていたあの頃を思い出せ、俺。使い古してボロくなったビジネスバッグを掴む手をぐっと固く握る。 ピコンと、スマホがズボンのポケットの中で鳴った。メッセージだ。誰からだろ。画面をタップしてトーク画面を開く。メッセージ相手は母さんからだった。 『誕生日おめでとう。大我ももう28歳ね。仕事頑張ってる?あんまり無理しないようにね。大我は昔から真面目過ぎるところがあるから。たまには実家に帰ってきなさいね。』 「誕生日…。あぁ、今日って9月27日か。」 仕事が忙しすぎてすっかり忘れていた。というか、俺の誕生日を祝ってくれる人なんて母さんくらいしかいないわけで、誕生日だからって何もないんだけどさ。冷たい空気のおかげで少し気持ち悪さが和らいだ気がする。自宅まであと少し。家から一番近いコンビニが数メートル先に見えている。 「もう28歳か…。」 30歳へのカウントダウンがどんどん縮まっている。うん、やっぱり今のままの生活じゃ駄目だ。こんなくそみたいな社畜人生で俺の人生終わってたまるか。 「…とりあえず、ケーキくらいは食うかな。」 眩しいくらい煌々とした光を放っているコンビニに、吸い寄せられるようにふらふらと歩きながら入る。ケーキとカップラーメンとおにぎり、ビール…は、あんま体調良くないしやめておこう。あと、レジ横に並んであるチキンと肉まんを買って、俺はコンビニを出た。 「あ、母さんに返信してなかった。」 コンビニのレジ袋を提げ、歩きながら片手で文字をフリック入力する。 「ありがとう。完全に、忘れてた。ケーキ、買って…食べるよ。仕事、きつすぎ、だから、転職、しようかな、って、考えてる、よ…。またいろいろ、決まったら、連絡、する。年末には、実家帰る、よ。…と。よし、送信。」 メッセージを送ると、すぐに既読がつき、母さんから可愛い猫が「がんばれ!」と言っているイラストのスタンプが送られてきた。それを確認して、俺はスマホをズボンのポケットへと戻した。 「よし、決めた。俺は転職するぞ。こんなくそ課長のいるブラック会社なんて今すぐにでもやめてやる!転職してもっとすごいことやってやるぞー!」 周りに誰もいないことを良いことに、声高らかにそう宣言して、拳を天高くぐんっと突き上げると、ズキンッと頭が痛み、世界がぐるりと回転した。 そして、次の瞬間。目を開けると俺は真っ白い世界にいた。

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