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第37話「頑張り屋の君4(ノア視点)」
心臓が止まったかと思った。いや、もしかしたら一瞬本当に止まっていたかもしれない。腹を貫かれた大我が吹っ飛んでいくのがスローモーションに見えた。音も匂いも色も、感覚の全てがなくなったような気がした。息の仕方さえもわからなくなって、僕はただただ、地面に叩きつけられてごろごろと転がっていく大我を見つめる。数秒後、はっと我に返って僕は慌てて大我の名前を叫びながら駆け寄った。
「大我っ!大我っ!!!なんで防御も何もしなかったんだ!」
ヒューヒューと苦しそうに呼吸を繰り返す大我を抱きかかえ、気が動転していた僕はつい強く大我の体を左右に揺すってしまった。
「お前、また手抜きやがったな…。正々堂々って、言ったの、お前っ、だろ…。」
僕の事を睨みつけながら今にも死んでしまいそうな声で大我は言った。
あぁ、確かにそうだ。正々堂々と戦おうと僕が先に言った。でも、今はそんな事どうだっていい。早く、早く治療をしないと――!
僕は大我の大きな穴の開いた腹部に手をかざし、回復能力を使う。すると、大我はいいって!と声を荒げて、僕の腕の中から逃げようと暴れて地面叩きつけられるように落ちた。
「はぁはぁ…俺は、死にたいんだよ…。もう…疲れたんだ…。頼むから、お前の手で、殺してくれよっ…。」
地面に横たわり、途切れ途切れになりながらも大我は言った。あぁ、そうか。大我は死にたいんだ。だからわざと…。あの終わりにしたいと言う言葉は、僕が思っているものとはまったく違う意味だったのか。僕の中でぷつっと何かが切れる音がした。
わかった。とだけ短く返事をすると、僕は再び大我の腹部に手をかざし、回復能力を使った。空いた穴はみるみるうちに塞がっていく。それに気づいた大我は再び暴れながら死にたい!殺せ!と繰り返し喚いて抵抗しようとするもんだから、手を頭の上で拘束する。
もうどうでもよかった。大我に嫌われようがなんだろうが。どうだっていい。理性?恐怖心?そんなの捨ててやる。僕はエビルディ星の魔王だ。本能のままに生きてやる。何がなんでも大我を死なせなんてしない。例え本人が死にたいと願っていても、僕は大我に生きていてほしいから。僕は僕がやりたいようにしてやる。
「死にたいなんて言うなよっ!!!」
自分でも驚くほどの声が出た。こんなに声を荒げて感情的になったのは初めてだ。身を小さく縮めて驚いた様子の大我。その表情は次第に歪んでいき、ボロボロと大粒の涙を流しながら嗚咽交じりでようやく本音を吐き出してくれた。
誰からも必要とされてない、ノアからも必要とされてない、だから死にたいって思った。…うーん、僕は一度も大我の事が必要じゃない、なんて言った覚えはないんだけど…。大我の中ではいつどこでそうなったんだろうか。まったく、手のかかる人だ。でも、素直じゃないちょっと捻くれてるところも可愛くて愛おしい。
「僕、大我のこといらないなんて一言も言ってないんだけど。どこで勘違いさせちゃったかな。」
「ぐずっ…知らねぇよ、ばかっ。自分で考えて反省しろ、ばか。」
あらら、拗ねちゃった。子供みたいで可愛い。自分で考えろと言われて、適当に最近会った出来事を並べてみた。けど、正直大我を勘違いさせてしまった心当たりはまったくない。
けど、きっと捻くれものの大我の事だ。きっと思いもよらないところで変な風に言葉の意味を捉えて勝手な思い込みをして一人で落ち込んでいただけだろう。あんなに毎日愛の言葉を伝えているのに、まったく伝わっていなかったことが結構ショックだ。
大我の腕を引っ張り、僕の腕の中に収める。愛が伝わるように、ぎゅうっと強く抱きしめて背中をぽんぽんっと優しく叩きながら、誤解を1つ1つ解いていく。久しぶりの大我の匂い。あぁ、ドキドキする。それなのに何故か安心して、やっぱり大好きだって改めて感じる。
「大我の望む通り僕達は魔法少女と魔王っていう関係だけに戻った方がいいんじゃないかって、そう思ったんだ。」
そう言った僕の言葉に、大我は唇を尖らせて不満そうな顔をした。
「…俺、魔法少女と魔王っていう関係だけに戻りたいって言ったことねーんだけど…。」
数日前の記憶を遡ってみる。…確かに、そんなことは言われていなかった。どうやら、勝手な思い込みをしていたのは、僕も同じだったらしい。2人揃って1人相撲をしていたようだ。おかしくて小さく僕は笑った。
「ふふっ、そうだね。どうやら僕の思い込みだったみたいだ。そのせいで、大我を傷つけてしまった。ごめん。」
「別に俺は…傷ついてなんか…。」
“ねーし”と続けたかったんだと思う。いつもの大我の強がり。
でも何故か今日は、途中で言葉を止めて何やら考え込んでいる様子。どうしたんだろうと不思議に思いながら、じっと大我の顔を見つめながら、続きの言葉を静かに待つ。
あー、数日ぶりの大我、こんな間近で見たらもう自分を抑えれそうにない。今キスしたら怒るかな?怒るに決まってるよね、でもどうしてもしたくてたまらない。うずうずとしている僕に気づかず、大我は口をぱくぱくと小さく動かしながら、空気を漏らす。
何かを必死に伝えようとしているのはわかるけど、それが何かはさっぱりわからない。そんなことより、もう大我の続きの言葉を僕は待てそうにない。
「大我、僕は本当に君のことが好きだよ。」
いつもと同じ愛の言葉を伝えると、大我は顔を真っ赤にして、ふぇっ!?と変な声を上げた。それがあまりにも可笑しくて僕は笑った。顔を真っ赤にするだなんて、期待、してもいいってことなのかな。大我の赤色の頬を撫でながら、真っすぐ、大我の黒い綺麗な瞳を見つめる。
「僕には君が必要なんだ。大我のいない世界で生きるなんて死んだも同然。地獄と変わらないさ。僕の為に生きてほしい。ずっと傍で笑っていてほしいんだ、大我。」
1,2,3,4,5…
なんて、大我には僕の能力が効くわけないんだけどね。それに、大我には能力なんて使わない。本当に僕の事を好きになってほしいから。何年かかったとしても、僕は全力で大我のことを落としてみせる。出会ったあの日、そう自分に誓ったから。大我の黒い瞳がゆらゆらと揺れ、ツーッと一筋の涙が頬を流れた。僕はぎょっとした。何か僕が大我の嫌がることをしてしまったのか、そう思っていると、大我は涙を流しながら笑った。
「俺も、お前が必要だ。好きだ、ノア。俺の、傍にいてくれ。」
首に腕を回され、ぎゅっと引き寄せるように抱きしめられる。そして、大我からのキス。それも、ただのキスではない。契約のキスだった。ぬるりと大我の舌が僕の口内に侵入して、僕の舌を誘惑するように動く。何が起こってるのかわからなかった。夢?妄想?幻覚を見ているのか?混乱する脳内は、大我の舌の感覚で少しずつこれは現実だと理解していった。
信じれない、けど信じたい。これは現実なんだ。あぁ、そうか。大我も僕の事…。なんて嬉しいんだ、こんな幸せな気持ちは初めてだ。大我の舌に自分の舌を絡ませれば、それに応えるように大我の舌も動く。時折、んっ…と大我の口から漏れる鼻にかかった甘い吐息音があまりにも色っぽくてここは外だと言うのにそのままその先まで手を出しそうになった。
いけないいけない、初めては絶対、いい雰囲気を作ってちゃんとベッドでやると決めているんだ。
唇を離してお互いの顔を見つめあう。とろんとした表情の大我。大我は僕にまだまだたくさんいろんな感情を教えてくれるようだ。
「もちろん。もう一生、離れないよ。」
僕は笑った。きっと、今までで一番幸せな顔をしていたと思う。
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