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第36話「頑張り屋の君3(ノア視点)」
一夜が明けてエビルディ星に帰っても、僕はただぼんやりと過ぎていく日々をやり過ごすだけだった。
何も手につかない。何も考えたくない。まるで身も心も空っぽになった気分だ。その癖、数秒ごと大我の事だけは考えてしまうから厄介だ。
元気にしてるかな?ちゃんとご飯食べてるかな?仕事で嫌なことされたり言われたりしてないかな?そんなことばかり考えてしまう。大我と出会って新しい感情をたくさん大我からもらったのに、離れても尚、大我は僕に新しい感情を教えてくれる。知らなかった。こんなに誰かを想うことが苦しいなんて。会えなくて震えるほど寂しいなんて。
大我と一緒に暮らし始めて少し経った頃、ないと不便だろう、と言われて一緒に買いに行ったスマホを開く。
ロック画面は大我の寝顔。トップ画面は大我が僕の手料理を美味しそうに食べているところ。もちろん、どちらも隠し撮りだ。
トーク画面を開いて大我にメッセージを打つ。
《大我》《会いたい》《大好き》《愛してる》《傍にいたい》
メッセージが送信できませんでした。の文字。当然だ。エビルディ星に地球の通信環境はない。むしろ、わかっているからこそ何も考えず送信ボタンを押せるんだけどさ。
会いたい気持ちは募るのに、敵として会うのは辛いから嫌だ。だから地球侵略のプロジェクトを進めないといけない、とわかっていながらも先延ばしにしていた。が、何の動きも見せない僕に対して父上はだいぶお怒りになっていたらしい。僕を呼び出して今すぐ侵略へ向かうようにと叱られてしまった。
適当にモンスターをぱぱっと作り、地球に送り出す。そして、僕もマントを羽ばたかせてワープ能力で地球へと向かった。
何日ぶりかの地球。すぅっと深く息を吸う。エビルディ星とさして変わらない空気の味。この星の何が魅力なのか、やっぱり僕には全くわからない。ぼんやりとする頭が重くて、近くにあった瓦礫に腰を掛けて星空を見上げてぼーっとする。どれが僕の星かなぁ、なんて思っている時だった。視界の右端でピカッとピンクゴールドの光が見えた。
僕ははっとしてそちらを振り返ると、思わず口角を上げてしまった。
しまった、つい。駄目だ、僕は魔王、大我は魔法少女。もう、僕達はただの敵同士なんだ。
ドクドクと会えた喜びで踊る胸を誤魔化すように、僕は精一杯魔王を演じた。
「待っていたよ、魔法少女。さぁ、今夜こそ決着の時!」
決着なんてつける気ないのに、それっぽい言葉を並べる。決着がついてしまえば本当に二度と会えなくなってしまうから。
だって、地球を侵略したら大我は役目を果たせなかったという理由で死んでしまう。それだけは絶対に嫌だ。それなら、魔王と魔法少女としてでもいいから、この先もずっと大我に会いたい。その為に僕は少しでも長くこのいたちごっこのような戦いを続けなければならない。ははっと笑って大我が言う。
「そうだな。今夜こそ、本当に決着をつけようか。いい加減俺も終わりにしたいからさ。…1本勝負で行こう。3つ数えて振り返って撃つ。シンプルな方がわかりやすくていいだろ。」
終わりにしたい。大我の放った言葉が僕の胸にぐさりと深く刺さった。
きっと、これは、大我なりのけじめのつけ方なのだ。社畜と魔王という関係性を完全に断つ儀式。僕はそう捉えた。僕の方から先に“今後は敵同士”とメッセージカードに書き置きしたくせに、いざ大我の口からそれを告げられるとこんなにも苦しいだなんて。ズキズキと痛む胸。悲しくて胃から何かが混みあがってくる感覚が苦しい。それを無理矢理押し殺して精一杯の笑顔でにっこり笑って、いいよ。と返事をした。
ハンデとしてカウントは大我に譲った。そうすれば、僕が放った攻撃を交わしやすいと思ったから。勿論、手加減はする。じゃないと確実に殺してしまうから。
大我は魔法少女としての能力はかなり低い。何故ならばピプが最優先として選んだ条件が『僕の必殺技が効かない人』だからだ。そんな条件を最優先で選べば、当然に魔法少女としてのスキルは低い人が選ばれるだろう。大我の魔法少女としての能力は正直言って、歴代の中でもワースト1と言っても過言ではないほど弱い。勿論、そんなことを本人に言えば怒られるから言わないけど。だから、いたちごっこを長く続けたい僕にとっては好都合ってわけだ。
人1人分の感覚を開けて、背中合わせで立つ。背中から感じる大我の気配にドキドキする。
「3――2――1――」
大我の方を振り返る。僕は、慌てて光線を打つ手を止めようとした。だって、大我がステッキも構えず、泣きながらそこに立ち尽くしていたから。
――止まれっ!!!!!
そう思った時には既に遅かった。手から放った光線は、真っすぐ大我の腹を貫いた。
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