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第35話「頑張り屋の君2(ノア視点)」

僕はどうやら1人で勝手に舞い上がっていたようだ。僕の下にいる大我の顔を見てからすぐにそれを悟った。眉間にぐぐっと皺を寄せて、表情を歪ませた大我は今にも泣き出しそうなくらい苦しく辛そうだった。  理由は分からない。仕事でなんかあった?誰かからなにか変なことされた?僕にできることはなんだろう。必死に考えたって、僕にできることなんて家事くらいしかなかった。だから、僕は大我にご飯にしようと持ちかけた。何があったかはわからないけど、きっと美味しいご飯を食べれば少しは気分転換になるかもしれない。特別にちょっといいビールでも開けて、大我の気が済むまで愚痴を聞いてあげよう。何の効果もないかもしれないけど、僕はいつだって大我の味方だって伝えて安心させてあげよう。  そう思ったけど、それが駄目だったのだ。僕のその一言で大我を怒らせてしまった。 「結局お前も俺を必要としてねぇのかよ!好きだとか愛してるだとか、散々うざいくらい言ってるくせに、いざとなったらそうやってすぐ捨てる!みんなそう!都合のいい人扱い!ふざけんなっ…ふざけんなよ!!!!」 ボロボロと大粒の涙を零しながら大我は声を荒げた。その姿はあまりも痛々しく、今までどれだけ無数の傷をつけられて生きてきたんだろうかと思った。その傷全てを癒してあげたい。だから、僕は味方なんだ、安心して欲しいという気持ちで誤解を解こうと弁解の余地を図る。が、無理やり部屋の外へと出さされ、大我の「いいから出てけって言ってんだろ!」の一言で虚しくもそれは打ち砕かれた。  出ていきたくなかった。ずっと大我の傍にいたかった。始めて心の底から手に入れたいと思った存在を簡単に手放すなんて絶対にありえない。けど、僕は自分でも気付かぬうちに“どんな手を使ってでも大我を手に入れたい”という本能よりも、“大我に嫌われたくない”という恐怖心の方が強くなっていたらしい。  エビルディ星の魔王である僕が、本能よりも理性と恐怖心が勝ってしまうだなんて…。あぁ、父上に知られたらまた子供の時みたいに叱られるな。本当、つくづく僕は出来損ないだ。  愛する人から嫌われることを恐れた僕は、わかった、出ていくよ。と震えた声で返事をした。 ――大我、僕は本当に、君が… 好きだよ、と言いかけた言葉を飲み込んで、なんでもない、と誤魔化した。伝えてしまえば、離れ難くなりそうだったから。  明日から、僕と大我を繋ぐ関係性は魔王と魔法少女という繋がりだけ。ただの、敵同士。この恋心はちゃんと断ち切らないといけない。ここで、さよならだ。  だけど、僕は最後に大我へお弁当を作った。我ながら汚い奴だと思う。離れていなくなった後も、少しでも長く大我に僕のことを覚えていてほしくて、少しでも良い奴だったと思ってほしくて、大我の好きなものだけを詰めこんだお弁当を作るんだから。でも、僕は魔王だから。汚い手口を使うのがお似合い、だろう?  高カロリーのものばかりで栄養バランスが酷く偏っている。好きな物だけでぴったり詰め込まれたお弁当の端っこに無理矢理真っ赤なミニトマトをぎゅうっと押し込んで入れてやる。大我が大嫌いなトマト。毎回、嫌いだって言ってるだろ!と文句を言いながらも、僕が箸で摘まんで口元へ差し出せば渋々食べてくれる。いつか本気で怒られるんじゃないかとひやひやしていたけど、大我にあーんってしたくて、毎回わざと夕飯にトマトを出した。結局今日まで大我は一度もトマトを残さず食べてくれた。僕が食べさせてあげないなら残しちゃうかな、なんて。  食べても食べなくても、どちらでもいい。このトマトを見て、僕との毎日の夕食の事を思い出してくれるなら。お弁当箱を冷蔵庫に入れて、2枚のメッセージカードを残して家を出た。  冬の夜風の冷たさが心と体に染みる。これで僕と大我はただの敵同士。本来、あるべき形に戻った。たったそれだけのことさ。  それだけの事なのに…どうしてこんなにも息ができないほど苦しくて涙が止まらないんだろう。忘れなきゃと思えば思うほど、思い出すのは大我と過ごした日々。  大我の笑った顔、怒った顔、辛そうな顔、悲しそうな顔、どんな表情をしてても愛おしくてたまらない。大我の良いところも駄目なところも全てひっくるめて抱きしめて愛してあげたい。どうして僕達はこんな形で出会ってしまったんだろう。もっと違う形で出会っていれば、僕達は幸せになれていたのかな。そうだな、例えば幼馴染だったり、会社の同僚だったり、街でばったり運命的な出会いでも素敵だ。  そんな夢みたいなことを想像したって現実は変わらない。  僕は魔王で大我は魔法少女。大我は地球人で僕はエビルディ星人、人間ではないのだ。  そういえば、この星に古くから伝わる物語で、宿敵同士が恋をするという内容の物があったのを思い出した。作品名はなんて言ったか…。確か―― 「そうだ、ロミオとジュリエットだ。」 ぼそっと呟くと、口から白い息が吐き出された。   ロミオとジュリエット、読んだのは随分昔だったから話の最後はどうなったのか忘れてしまった。また近いうちにどこかで本を手に入れて読んでみようかな。涙はまだしばらく止まりそうになかった。

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