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第34話「頑張り屋の君(ノア視点)」

大我は頑張り屋だ。目の下に酷い隈を作ったこの世の終わりみたいな顔で毎朝、会社に行きたくない、クソ課長と一緒に爆発しろ。と、暴言を吐きながらも会社へ向かう。  そんなに嫌ならやめてしまえばいいのに。なんなら、大我を苦しめるもの全て、僕が本当に爆発させてもいい。一度だけ、何故そんなに嫌なのに会社を辞めないのか聞いてみたことがある。すごい顔であ゛ぁ゛!?と凄まれた。地雷だったらしい。  僕なりに大我が今の仕事を辞めない理由を考えてみた。が、これといって合点が行く内容は思いつかなかった。  ある日、大我は夜遅くにベロベロになって帰宅した。何やら、課長が出張前日を理由に早引きしたことで大我もいつもより早く退勤できたらしい。それで珍しく同僚と飲みに行きべろべろになったようだ。早く退勤できたなら同僚とじゃなく、僕と過ごして欲しかった。と素直に伝えればソファーに寝転がったまま、うるへーにゃぁ!と呂律の回ってない口調で大我が怒った。猫みたいで可愛い。  水の入ったコップを大我に差し出せば、それを受け取り両手でコップを持ってゴクゴクと飲み始める。赤ちゃんみたいで可愛い。  口の片側から零れた水を人差し指ですくってやれば、目をきゅっと閉じて、んぅっと可愛い声を出した。  ドクンッと心臓が跳ねる。大我に出会ってから、僕は今まで感じたことのない感覚を何度も胸に感じ、その度に何度も大我を好きになる。可愛い、好き、大好き、愛してる。言葉だけじゃ表せれない。抱きしめたい、撫でたい、キスしたい。それだけじゃ満足出来ない。もっと、もっと――   大我への愛は日に日に増して大きく膨らんでいく。それと同時に、嫌われたくない傷つけたくないという感情も大きくなっていった。  アルコールのせいで頬を赤く染めて潤んだ瞳の大我は、ぽやぽやとした表情のせいか少し幼く見える。…なんて目に毒なんだ。慌てて目線を逸らす。僕は大我の口に触れた手をぐっと固く握って引っ込めた。  途端、大我がぼそぼそと何かを呟いた。よく聞き取れず、肩が触れるくらいまでわざとらしく顔を近づけて聞き返す。 「俺がいりゅからぁ、部署の平和が守られてゆっていわれらぁ。」 ふへへっと嬉しそうに笑いながら大我は言った。どういう意味かわからず、詳しく内容を聞けば、大我1人が課長からのハラスメントを受けることによって他の犠牲者が出なくですんでいる。大我は部署全員を守っているいわばヒーローみたいなもんだ。と、同僚に飲みの席で言われたらしい。 「それって・・・。」 都合よく使われてるだけじゃないか。自分が被害者にならないために大我を生贄にして、自分たちは知らん顔して悠々と過ごしている。真面目で頑張り屋な大我の長所を利用して、ヒーローだとか言って崇め奉り逃げ場をなくして・・・そいつら全員、善人ぶったただの加害者だ。  腸が煮えくり返るほどの怒りが湧き上がる。どうしてやろうか。すぐに殺すなんて勿体ない。ゆっくりじわじわといたぶって、これ以上ないほどの恐怖と絶望を感じさせながら殺してやろう。ぐつぐつと血を沸騰させている僕の顔を覗き込んで大我はふにゃりと目尻を落として笑った。 「誰かに必要とされるって、すっげー嬉しいな。」 泣きそうになった。他人の悪事を素直に受け取り、嬉しそうに笑う大我の純粋さに。大我のことを利用しているだけなのに、こんなに大我を笑顔にさせる奴らへの嫉妬で。どうして大我だけがこんな酷い目に遭わなきゃ行けないのか、わからない。わからない、地球人は。なんて理不尽すぎる生物なんだ。 「大我。僕も大我のこと必要と・・・って、寝てる!」 日々の溜まった疲労とアルコールのせいで、本の数秒前まで起きていた大我は、突如ぶつっと電池が切れたらしく、隣でソファーにもたれかかった状態になって意識を手放していた。スースーと規則正しい寝息音さえ愛おしい。このままゆっくり朝まで寝かしてあげたいが、そのままの体勢で寝れば明日体に堪えるだろう。起こさないようにそっとお姫様抱っこでベッドまで運ぶ。布団をかけた後、少しだけ・・・と、大我が熟睡していることをいいことに、大我の隣に寝転んでみた。シングルベッドに男2人はさすがに狭すぎたみたいでちょっと動いただけで落ちそう。そっと頭を撫でると、んふふっと笑ってくすぐったそうにする。   ふと、先程大我が見せた嬉しそうな笑顔を思い出す。必要・・・か。もしかして、大我が仕事をやめない理由は、“誰かに必要とされたいから”なのかもしれない。  そういえば、随分昔のことになるが、同じようなことを過去の魔法少女が言っていたのを思い出した。確かあれは、僕が魔王になったばかりの頃だった。父上の命令で地球侵略を開始したはいいが、僕にとってそんなのどうでもよかった。  何のためにこんなことをしているのかわからず、魔法少女を殺す度にその疑問は、何のために自分は生きているのか、という疑問へと変わっていった。もう何人目かわからない魔法少女が息耐える寸前に、剣が刺さったままの腹部からドクドクと大量の赤い血を流す魔法少女に僕は聞いた。 ――君は、何の為に生きているんだい? ――誰かに・・・必要とされたいからよ。 大我、君もあの魔法少女と同じなんだね。誰かに必要とされたくて、毎日苦しみながら必死にもがいているんだね。やっぱり、君は頑張り屋さんだ。   「大我・・・。僕だって、他の誰よりも大我を必要としているんだよ。ずっと傍にいてね。僕が必ず、大我を守るから。」 額に短いキスを落としてから僕は部屋を出た。 守る、と口では簡単に言えるものの、いざ守るとなるとさてどうすればいいものか。会社で起きていることを僕が首を突っ込むのはなかなか難しい。会社を跡形なく消し去ることは容易だけど、そんなことをしてしまえば確実に大我に嫌われてしまうし、必死に毎日頑張っている大我の努力を否定しているようにも捉えられかねない。 ここは、僕も人間に変装しえ大我と同じ会社で働くべきか?そうすれば必然的に社内の人とも関わることになって大我の一番近くで大我のことを守れるかもしれない。いや、でも、僕が同じ会社で働くと知ったら大我はなんて言うだろうか。きっと嫌がるに違いない。嫌われるのだけは嫌だ!最悪、この家から出ていけだなんて言われかねない。   うーん・・・と悩む日々を送っている時だった。大我の帰宅を玄関まで出迎え、日課である「ご飯にするかい?お風呂にするかい?それとも僕にするかい?」という台詞を僕は言う。  僕を選ばないことは十分、いや十二分に理解している。でも、僕が飽きもせず毎日この台詞を言うのは「お前のことなんか死んでも選ばねぇって言ってるだろ!」と毎回丁寧に突っ込んでくれる大我が可愛いから。昨日は大我の体調が悪くてその言葉が聞けなかった。一夜明けたらなんとか日常生活を送れるほどには回復していたから安心した。だから、きっと今日はいつもの突っ込みをしてくれるはず。と、思っていたのだが、僕の期待は大ハズレ。いや、むしろ大ハズレしたおかげで大当たり?  一生選ばれるはずないと思っていた“僕”を大我は選んだのだ。「お前にする。」と素っ気なく答えると、真っ直ぐ自室へと向かい、外したネクタイを床に放り投げて半ば身を投げ出すかのようにベッドへと大我は座った。えっ、これは僕が生み出した都合のいい夢かなにかかい?嘘みたいな展開だ、嘘であってほしくないけど。 数秒間、僕はドアの前で呆然と立ちつくした。ごくりと唾を飲み込む。もしこれが、何かの罠だったとしても別にいい。大我に触れられるなら、大我と1つになれるなら。大我の前で跪き、手の甲にキスをしてから愛の言葉を伝える。大我の体温がこれは現実だと言っているような気がした。  ゆっくり押し倒して、大我の首筋にキスの雨を降らせる。ゆっくりじっくり焦らすように。体自体が心臓になったかのようにドックンドックンと跳ね上がる鼓動は強さを増す一方でそろそろ破裂するんじゃないかと思う。緊張と高揚感と幸福感が混ざって、今すぐにでも理性がぶっ飛んでいきそうだ。でも、なんとか必死に自分を抑える。欲望を剥き出しにせず、大我に合わせる。  大我との行為は2人の気持ちを1つにして、甘くて幸せなものにする。ずっと前からそう決めていたから。

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