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第33話「お前が必要だ、傍にいてくれ」

ノアの手から放たれた漆黒の光線が俺の腹を貫く。全身がびりびりと痺れ、打ち抜かれた腹は今までに感じたことないくらいの痛みで苦しい。微かに浅い呼吸ができる程度で、油断すれば意識を持っていかれそうだ。数メートル後ろにぶっ飛ばされ、ドッと鈍い音を立てて地面に叩きつけられた後何回転かごろごろと転がった。  全身痛すぎて動けそうにない。なんで一思いにやってくれねぇんだよ。死にかけが一番苦しくてしんどいんだぞ。脳内でノアに悪態付きながら、はぁはぁと荒い呼吸を繰り返して意識がぷつりと消えるのを待っていると、大我!!!と震えた声で叫ぶノアの声が聞こえた。 「大我っ!大我っ!!!なんで防御も何もしなかったんだ!」 横たわっている俺を抱きかかえ、顔を歪ませて何度も俺の名前を呼ぶノア。何泣いてんだよ。お前がやったんだぞ、ばか。ヒューヒューと呼吸音を口から漏らしながら俺はノアを睨みつけた。 「お前、また手抜きやがったな…。正々堂々って、言ったの、お前っ、だろ…。」 「待ってて大我。今すぐ直すから。」 「いいって!!!」 俺の腹に手をかざして気を込めるかのような仕草をしたノアの体を押してノアの腕の中から逃げる。再び地面に叩きつけられ腹部に激痛が走り俺は咳込んだ。 「はぁはぁ…俺は、死にたいんだよ…。もう…疲れたんだ…。頼むから、お前の手で、殺してくれよっ…。」 数秒間の沈黙の後、ノアは静かな声でわかったと言った。あぁ、死ねる。やっと死ねる。俺は覚悟を決めてぎゅっと目を固く閉じた。が、何の衝撃も来ない。むしろ、腹部の痛みがどんどんやわらいでいる気がする。俺はそっと目を開けた。 「っ!?何やってんだよお前!俺はっ、死にたいってっ!!」 俺の傷口にかざされたノアの手からは緑色の光が放射されていて、まるで昔みたSF映画のCGのシーンみたいに、空いた穴がめきめきと塞がっていく。俺は慌ててノアの手を掴んで阻止しようとするが、虚しくも簡単に俺の手はノアに捕まれ頭の上で拘束される。 「やめろっ!俺の話聞いてたのかよ!俺は死にたいんだって!」 「わかってるよ。」 「じゃあっ!」 「でも、それは大我の気持ち、だろう?僕の気持ちは大我と違う。だから、悪いけど大我の願いは聞けない。僕は僕がやりたいようにやるよ。僕は言ったはずだ。必ず君を死なせない、と。」 なんで今、自己中の性格を爆発させてんだよ。遅いんだよ、それなら俺が出ていけって言った時にも、いつもみたいに自己中になれよ。大我の傍を離れないって言えよ。むかつく。身勝手で俺を振り回すノアにも。これでもまだ、思っていることを口に出せないひねくれものの俺にも。 「ふざけんなっ!離せよ!俺は死にたいっつってんだろ!お前の気持ちなんか知るか!殺せ!死にたいんだ!」 「死にたいなんて言うなよっ!!!」 あまりの迫力に俺は怖気づいてしまった。ヒュッと思わず身を縮める。いつも温厚で魔王らしくないノアがこんなにもすごい剣幕で怒っているのは初めて見た。ノアに怒鳴られた数秒後、俺はまるで子供が時間差で泣き始めるのと同じようにゆっくり表情を歪ませ、ぼろぼろと涙を流した。 「うぐっ、だ、だってっ…俺っなんて…誰からも必要とされて、ない、しぃっ…ひっく、ノアにもいらないって、おも、われたらぁっうぅ…おれっ、もう、死にたいって、お、思うじゃんかぁっ…。」 いい大人が情けない。きっと涙でぐちゃぐちゃで顔も見れないほど不細工な顔になっているだろう。それなのに、ノアは俺の言葉に対して目をまん丸にさせて驚いた顔をしたあと、汚い俺の顔を、眉尻を下げて困った顔をしながらも愛おしそうな顔で見つめた。 「僕、大我のこといらないなんて一言も言ってないんだけど。どこで勘違いさせちゃったかな。」 「ぐずっ…知らねぇよ、ばかっ。自分で考えて反省しろ、ばか。」 顎に手を当ててうーんっと考える素振りを見せるノア。手の拘束を解かれて、俺は体を起こして見苦しい自分の泣き顔を手で覆って隠す。腹部の傷は完治していた。 「大我のお誘いを断ったから?それとも、家を出ていっちゃったから?それとも、メッセージカードがお別れの挨拶みたいだったから?」 こいつ…まさか全部計算で…!?お前なぁ!と声を荒げようとしたが、それより先にノアの腕の中に俺はすっぽりと収められ、驚きで言おうとした言葉が飛んでいった。 「大我、あの日苦しそうな顔をしてたから。きっと無理して僕の誘いにのってくれたんだと気づいてね。僕が求めている大我とのそれは、もっとお互いが幸せだと感じれるものにしたいんだ。嫌なら無理にしなくてもいい。前にも言っただろう。大我が傍にいれば他にはなにもいらないって。本当に、いてくれるだけで僕は幸せなんだ。だから、本当は出ていきたくなんてなかったさ。ずっと、大我の傍にいたい。それが僕の一番の願いだからね。でも、大我と一緒にいればいるほど、今まで知らなかった自分の感情がたくさん芽生えてきてね。今までは誰に好かれようと嫌われようとどうでもよかったのに。大我にだけは嫌われたくない。そう思うようになってしまったんだ。出ていきたくなかったけど、無理矢理居座り続けると、大我に嫌われてしまうんじゃないかって怖くなって。それなら、大我の望む通り僕達は魔法少女と魔王っていう関係だけに戻った方がいいんじゃないかって、そう思ったんだ。」 子供をあやすかのようにリズムよくポンポンと俺の背中を優しく叩くノア。ノアの肩に顔を埋めれば、甘くていい匂いがした。ノアの匂いだ。不本意だけど、なんか落ち着く。 「…俺、魔法少女と魔王っていう関係だけに戻りたいって言ったことねーんだけど…。」 「ふふっ、そうだね。どうやら僕の思い込みだったみたいだ。そのせいで、大我を傷つけてしまった。ごめん。」 「別に俺は…傷ついてなんか…。」 ねーし。と言おうとした口をぎゅっと紡いだ。ピプの言葉が脳内に蘇る。 ――ちゃんと大我の思ってること伝えたピプ? 駄目だ、ちゃんと伝えなきゃ。ノアの胸板を弱い力で押して、体を離す。――ノア、あのな…。ちゃんと伝えなきゃとわかっているのに、上手く声に出せない。口の形は本当の思いをかたどっているのに、何故か声だけが上手くでずに、シューシュー空気だけが口から洩れていく。 「大我、僕は本当に君のことが好きだよ。」 先を越されてしまった。しかもふぇっ!?と間抜けな声まで上げてしまう醜態。その様子が可笑しかったのか、ノアはくすくすと笑う。 「僕には君が必要なんだ。大我のいない世界で生きるなんて死んだも同然。地獄と変わらないさ。僕の為に生きてほしい。ずっと傍で笑っていてほしいんだ、大我。」 ノアの綺麗な指が俺の頬を撫でる。低くて甘ったるいノアの声が鼓膜から入り、脳を侵略されたみたいにぽわぽわと夢見心地な感覚になっていく。俺の瞳を見つめるノアの琥珀色の瞳が、じっと離さないから俺もなんだか逸らしにくくて数秒間見つめあってしまう。   1,2,3,4,5…あ、5秒経った。  つま先から頭のてっぺんまでノアで満たされていく感覚がくすぐったい。なんだこれ、変な感覚。気持ち悪い。気持ち悪いはずなのに、なんかふわふわして癖になるかも。もし、ノアの能力でこうなっているとしても、ノアが家を出ていったりした行動が全て計算だったとしても、もうそんなことどうだっていい。全てどうでもいいんだ。お前がいてくれるなら。ノアが俺を必要だと、好きだと言ってくれるのなら。  ツーっと一筋の涙が頬を伝う。でも、さっきまでの涙とは違う。これは、喜びの涙だ。 「俺も、お前が必要だ。好きだ、ノア。俺の、傍にいてくれ。」 ノアの首に腕を回し、ノアに契約のキスを交わす。   自分から動いてみるのも、案外悪くないかもしれない。それがもしこの先悪い方へと向かうことになったとしても。ノアと一緒なら、地獄行きだったとしても別に構わない。  俺が傍にいるなら他に何もいらない、と度々言っていたノアの気持ちがわかった気がした。俺も、ノアさえ俺を求めてくれるのであれば他には何もいらないと思った。

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