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第32話「もう全部どうでもいい」
なんだよ、元気そうじゃん。俺はもっとしょんぼりしてるかと…。はぁっと小さくため息を吐いた後、ははっと小さな声で乾いた笑い声を上げた。
あーあ、もうなんか、全部どうでもいいや。
俺は俯いてノアの顔を見ないまま言う。
「そうだな。今夜こそ、本当に決着をつけようか。いい加減俺も終わりにしたいからさ。…1本勝負で行こう。3つ数えて振り返って撃つ。シンプルな方がわかりやすくていいだろ。」
「あぁ、いいね。」
にっこりと余裕の笑みを浮かべるノアに俺は、正々堂々、だからな。と釘を刺した。
人1人分の空間を開けて、俺とノアは背中合わせになる。カウントダウンをするのは俺になった。魔王らしい声を作ってハンデを君に上げよう。と言ったノアの提案だった。俺はその提案をわかったの一言で了承した。ごくりと唾を飲み込む。ステッキを握る右手がカタカタと小さく小刻みに震える。それじゃあいくぞ。と言う俺の呼びかけに、ノアは、あぁ。と短く返事をした。
「3――」
ズリッとノアの靴がアスファルトに擦れ、1歩踏み出した音が聞こえた。その音を確認して、俺はくるりと体を回してノアの方を振り返る。
「2――」
もう一歩、ノアの背中が遠ざかる。
手を伸ばせば届く距離にいるのに、どうしてこんなにも遠くに感じるんだ。ノアが家にいた時にはうざったいくらい近くに感じていたのに。こんなキザで俺様で超が付くほど面倒くさい変人、絶対好きになるわけないって思ってたのに。ましてや相手は人間でもない上に男だぞ。こんな変人死んでも好きになるわけないのに。そのはずなのに。
失ってから本当に大切な物に気づくと最初に言ったのは誰なんだろうか。誰だか知らないけど、その通りだよ。仕事がしんどくて辛い時も、家に帰ればノアがいつも待ってくれていて、真っすぐ俺を見つめて馬鹿みたいに毎日好きって言ってくれた。人生の1割にも満たない程度しか一緒にいなかったのに、いつの間にか俺はお前に大切にされることが生きる糧になっていたんだ。たったの数か月間で、何勝手に俺の人生に入り込んできてんだよ、馬鹿。ふざけんなよ。
ノアの背中がゆらゆらと揺れて見える。泣くな、泣くな。泣くな俺。
盛れそうになる嗚咽を必死に堪えながら、俺は声を振り絞って出した。その声は、掠れて今にも死にそうな声だった。
「1――」
まるで氷の上を滑っているかのように、俺に向けて手のひらをかざしながら滑らかなターンでノアは振り返った。
「っ!!」
半分振り返ったところで、ノアは大きく目を見開き、驚いた顔で俺を見た。
ノアが最後に残した書き置き。あれを見た瞬間に俺はわかっていた。もうノアは俺なんて必要としていない、と。そりゃそうだ。八つ当たりされてそれでもまだ好きでいてくれるわけない。まだ俺のことを好きでいてくれているのであれば、俺が出ていけと言った時本当に出ていかなかったはずだ。
だって、ノアの一番の願いは俺とずっと一緒にいること。どんな手を使ってでも強引に自分の欲を満たすはずのノアが、その願いを自分から手放した。つまり、それはもう俺に興味がなくなったという証拠だ。誰からも、ノアからも必要とされない俺なんて生きている価値なんてもうない。
こんな人間なんて面倒な姿、さっさと捨てて新しく生まれ変わった方がいいに決まっている。問題ない、魔法少女の代わりなんて五萬といるんだから。自殺する勇気もないし、誰も俺のことを殺してくれないのなら、それならノアの手で殺された方がいい終わりと言えるだろう。そして、今まで自分の手で魔法少女を殺さなかったノアの、初めて自らの手を汚して殺した魔法少女として記憶に残るのであれば、それだけでいいや、なんて。
――ノア、ごめんな。
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