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第31話「最後にお前と…」

――俺はいらない、俺は必要ない、一番になんてなれない。何の為にここにいる…?何のために…俺って生きてる…? ネガティブな思考がぐるぐると脳内を永遠と回り続けて、いつの間にか俺の全身を支配していく。 ――死にたい。 午前が終わる頃、何の仕事も手につかず、ただゆっくりとネガティブな感情に支配されていた俺が辿り着いた答えは、その感情だった。 屋上から飛び降りてやろうか。そしたらくそ課長のハラスメントがリークされてあの世へ行った後、少しでも気分が晴れ晴れとするかもしれない。いや、でも魔法少女として、契約中に自殺をしたら何か別の罰則があったりするのだろうか。あるのであれば詳しく聞きたいところではあるが、ピプにそんなことを聞いてしまえば一発で自殺しようとしていることがバレるに決まっている。 どうせ3か月前、俺は死んでいたのだ。今更死を恐れたって仕方ない。この命だって、仮の命なわけだし。俺はもう死んでいるんだ。もう一度死ぬことなんてこれっぽっちも怖くない。  どう自殺するかを考えていたら、いつの間にか午後の時間を過ぎて定時になっていた。いつもならここで課長が雑用を押し付けてくるのだが、今日はこちらに見向きさえもしない。どうやら本当に、課長の中で俺は透明人間になってしまったらしい。 あぁ、清々する。これで毎日定時退社できる。ラッキーだ、最高だ。期待されないの万々歳だ。コートを羽織り、鞄を持って俺は定時ぴったりに退社した。いつどこでどうやって死んでやろうか。最後くらい目立って死んでも罰は当たらないだろう。新聞にでかでかと掲載されるくらい大ニュースになるような死に方はどんな死に方だろうか。  馬鹿みたい内容だけど、そんな馬鹿みたいなことを真剣に考えていたらあっという間に家についた。ガチャっとドアを開ける。いつも通り、リビングからノアが急ぎ足で玄関へと寄ってくる。 「おかえり、大我。ご飯にするかい?お風呂にするかい?それとも、僕にするかい?」 こいつは毎日毎日、飽きもせず何度同じことを言うんだろうか。何度言っても俺がノアを選ぶことなんてないのに。他人にも自分にも期待して馬鹿みたいだ。  ――期待…。  どうせもうすぐ俺は死ぬ。 いつかは俺次第だからわからないけど、早ければ明日にでも。それなら、俺にここまで尽くしてくれたノアにせめてもの償いとして、一度くらいノアが望むように抱かせてやってもいいかもしれない。俺のことを必要としてくれるのなら、もう誰だって、どんな形だって良い。最後に、最後に俺は必要とされていたんだという証を作って死んでいきたい。ネクタイを緩めながら、自室へと向かう。 「お前にする。」 「ははっ、今日はロールキャベツなんだ。ちなみに毎日頑張っている大我の為に今日はスイーツも…えぇっ!?い、いいい今っ!た、大我!!なんて言った!?」 目が飛び出るくらい大きく見開いて、俺の両肩をガシッと掴んで興奮状態のノア。 「だから、お前にするって言ったんだよ。俺の事、抱きたいんだろ。」 外したネクタイをその辺に投げ捨て、ボスッとベッドに座る。数秒間ノアは部屋の外で硬直状態になっていたが、すぐに俺の元へと来ると、俺の前で跪いて右手を手に取って手の甲にキスを落とす。 「あぁ、大我の事抱きたくて堪らないよ。好きで好きで、どうしようもないんだ。」 ノアはゆっくり優しく俺をベッドへ押し倒した。俺の首筋に顔を埋め、ちゅっちゅっというリップ音を立てながら何度もキスを落とす。 あぁ、必要とされてるってこんなに嬉しいんだ。昔、カケルが「俺達、親友だもんなっ!」と笑って言ってくれた時に感じた、あの幸福感と照らし合わせて、自分の中で同じ形のピースへと強い力で変形させようとしていく。 「大我…。」 耳元でノアの低くてとろりと甘ったるい声が響く。それと同時に、何故か朝、課長に言われた言葉が脳裏に蘇った。 ――君、何の為にここにいるの?君って必要あんの?…まぁ、君には期待してないから。安心して。 うるせぇよ。俺だって、俺だって俺に期待なんかしてねぇよっ!!! 無理矢理幸福感と同じ形に変形させようとしていたピースにひびが入り、バラバラに砕けてもう収集不可能になっていく。 「…大我…やっぱり、ご飯にしようか。」 俺に覆いかぶさっていたノアは、俺の頭を優しく撫でると、俺から離れて部屋を出ていこうとする。俺はカッとなってノアの胸倉を掴んで壁に打ち付けた。 「結局お前も俺を必要としてねぇのかよ!好きだとか愛してるだとか、散々うざいくらい言ってるくせに、いざとなったらそうやってすぐ捨てる!みんなそう!都合のいい人扱い!ふざけんなっ…ふざけんなよ!!!!」 「違う、大我。僕は大我が――」 「うるせぇんだよ!!出てけよ!」 無理矢理ノアを部屋から追い出して、勢いよくドアを閉める。衝撃で、小棚に飾ってあった卓上カレンダーがばたっと倒れた。外ではノアが必死に俺の名前を呼んで弁解の言葉を述べようとする。だが、そのノアの言葉を遮るように俺が「いいから出てけって言ってんだろ!!」と怒鳴ると、一瞬しんっと静まり返り、少ししてから、寂しそうな声でノアは言った。 「わかった、出ていくよ。…大我、僕は本当に、君が…なんでもない。」 リビングへと向かうノアの足音。1時間ほどリビングの方からガタゴトと物音がしていたが、ぴたりと物音が止み気配も消えた。恐らく、料理の片付けをした後自国へと帰ったのだろう。

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