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第30話「いなくなってもお前は」
わかっている、ただの八つ当たりだって。わかっている、全部自分が悪いんだって。でも、ノアからだけは必要とされていると確かめたかった。最後にこの体と心に刻んでおきたかった。
あぁ、ほらまた。俺は気づかぬうちに他人にも、自分にも期待をしていた。そしてこうしてまた傷つくんだ。ノアの好きを愛してるを抱きたいを、俺は本気で受け止めて勘違いをしていた。自惚れていたんだ。
――まぁ、君には期待してないから。安心して。
課長の声が脳内でリピート再生される。あぁ、安心したよ。本当に俺は誰からも期待も必要もされてないって気づけたからな。涙を流しながら、ははっと乾いた笑い声を上げた。
次の日、朝起きてリビングに行く。いつもの笑顔がそこにはない。その変わり、テーブルの上にメモが置いてあった。
『短い間だったけどお世話になったね。ありがとう。これからの君と僕はただの敵同士さ。正々堂々戦おう。それじゃあ、また、戦いの場で。』
メッセージ文の右端には、何も書かれていなかった。なんだよこれ。こんな書き方、俺とノアの関係が切れたって意味じゃねぇかよ。一方的に押し掛けてきて一方的に消えて、我儘もいい加減にしろよ!!メッセージの書かれた紙をぐしゃぐしゃに丸めて、ゴミ箱目掛けて投げ入れる。紙はごみ箱の淵に当たってコロッと床に落ちた。
むかつく、むかつく、むかつく!!!
イライラしながら冷蔵庫を開ける。そこにはお弁当箱とまたメッセージカードが入っていた。
『最後は特別に大我の好きな物を全て詰めたお弁当だよ。お昼に食べてね。』
メッセージ文の右端には、やっぱり何も書かれていなかった。お弁当箱の蓋を開ける。1段目にはオムライス、2段目にはお弁当サイズに作られた唐揚げ、ハンバーグ、グラタン、肉じゃががぎゅうぎゅうに敷き詰められていた。
ノアのいつも作ってくれていた野菜がしっかり入った栄養バランスのよいお弁当ではなく、高カロリーで、本当に俺の好きな物だけを詰めこんだお弁当だった。お弁当の端っこに、隙間を埋めるかのように詰め込まれていた真っ赤なミニトマトを摘まんで俺は口の中へ放り込んだ。
「俺の好きな物っていいながらっ…トマト入れてんじゃねぇよっ…。嫌いだっつってんだろっ、ばかノア…っ。くそ、くそまずいじゃねぇか、ばかっ…。」
噛めば噛むほど、口の中でトマトがぐちゃっと潰れて種と液体がぶちゅっと苦みと一緒に口内に広がって気持ち悪いしくそまずいし、最悪だ。最悪なのになんでこんなにも幸せな気持ちが溢れているんだろう。口いっぱいに広がるくそまずい苦みは、やがて切なさへと変わっていく。
ごくりと無理矢理飲み込めば、だんだんと切なさで心がいっぱいになっていく。口直しで唐揚げをつまむ。次はハンバーグ、グラタン、肉じゃが、オムライス…。ボロボロと涙を流しながら俺はノアの作った最後の弁当を完食した。なんでお前の料理はいつも上手いんだよ、ふざけんなっ、いなくなっても最後の最後まで俺の胃袋を掴もうとしてくんじゃねぇよ。俺はお前なんかに絶対落ちない。どうせ俺なんて必要ないくせに、どうせお前も他の奴らみたいにいなくなるくせに。
俺はその日、会社を無断欠勤した。次の日も、その次の日も、俺はただただ、ベッドの上で小さく蹲って毎日をやり過ごした。その間、会社からの連絡は一度もなかった。お前なんか本当に必要ない。そう言われているような気がした。
会社を無断欠勤し始めて何日目かの夜。長らく家にある水やカップ麺などで生活をしていたが、とうとう食料の底が尽きてしまい、仕方なく重い腰を上げて近くのコンビニへと向かった。
こんなにも苦しくて何をする気も起きないのに、お腹だけは勝手に減るんだから人間に備わっている機能がいかに面倒なものかと実感した。数か月前に俺が車に轢かれて死んだ場所を通り過ぎる。ふと、もう一度ここで死んでしまおうか。そうすればこの数か月間をなかったことにできるんじゃないか、と思った。灯りの少ない夜道、ふらふらとした足取りで車道へと俺は出た。パァーッ眩しい光がどんどんと近づいてくる。俺はそっと目を瞑った。
「っおい!!!お前危ねぇだろ!!!死にてぇのか!!!」
窓を開け、身を乗り出して強面の男性運転手が俺を怒鳴った。言いたいことを言い終わったら何事もなかったかのようにまた車を走らせ去っていった。
そうだよ、死にてぇんだよ。死にてぇから車道に出たんだよ。なのになんで轢いてくれねぇんだよ。くそっ!!
手に持っていたスマホを勢いよくアスファルトに叩きつける。スマホの画面は見るも無残なほどにばきばきに割れた。液晶が散ったらしく、画面半分が緑色になって映らなくなっていた。
あぁ、もうどうでもいい。全部どうでもいいんだ。だから、どうか俺を殺してくれ――。
また泣きそうになる顔を両手で覆った。
ポンッという音を立てて、突然目の前にピプが現れた。
「こぉーらぁー!!!大我ぁ~~~!!!いついかなる時もステッキは肌身離さず持っておくようにしとけピプ~!!!これ魔法少女の基礎中の基礎ピプ!!!それなのにベッドの上に放り投げてるだなんて、もっと大我は魔法少女としての自覚を!!」
持つべきうんぬんかんぬん。いつものピプの決まった台詞を繰り返すだけのお説教が右耳から入って左耳から抜けていく。カンカンのピプの手にはピロリロと鳴り続けるうるさいステッキ。
あぁ、なんでこんな時にモンスターなんか出るんだよ。ここしばらくはずっと平和で静かだったのに。ピプに半泣き状態なのをばれたくなくて、顔を手で覆ったまま深いため息をはぁーっと吐く。すると、俺の溜息を上回るくらい大袈裟な深くて長くて重たいため息をピプが吐き出した。
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