39 / 56
第39話「俺はもっとお前に触れてほしい!」
今思えば、それがいけなかったのだ。あの時、ご飯を食べた後でもタイミングはいくらでもあった。
それなのに、今日はおあずけでいいと、自分を制御してしまったのがいかに愚かだったか。葉山さんから連絡を貰った数時間後に会社からも連絡があり、謝罪も兼ねて今後のことについて話したい、とかで俺は次の日に会社に呼び出されて無事、翌日から職場復帰を果たした。
そこからと言うもの、くそ課長はいなくなり無茶な仕事を押し付けてくる人はいないため過度な残業はなくなって、職場の雰囲気も居心地よいものになったが、新しい課長が決まるまで部署内はてんやわんやとしていた。
その為、家に帰ってきても疲れ切っていてご飯を食べて寝るだけ。せっかくノアが帰ってきたというのに、触れ合うと言えば朝の行ってきますのチューと帰宅してからのおかえりのチューくらい。
足りない、ぜんっぜん足りない!!
そもそも2週間も俺はお預けを喰らっているわけで、よくここまで我慢できているなと自分でも思うくらいだ。俺だってノアとキスしたり手繋いだりしてベタベタしたいし、もっともっとノアを全身で感じて満たされたいのに、それができない俺に見せつけるかのように外でいちゃつく恋人達を見てしまえば、そりゃあ妬み、嫉みくらい覚えるってわけよ。
ずんずんっと大股で歩いていると、いつの間にか自宅マンションが見え始めていた。あと少しでノアの待つ家。時刻は18時なのに辺りはもう真っ暗だ。さすが冬、日が落ちるのが早い。時折吹く冷たい風が、マンションに1歩1歩と近づく度に緊張で上がっていく体温を少しだけ下げてくれる。
今日こそ…今日こそは…!絶対にあの日の続きをする!!!
昨日から新しい課長が配属されて、仕事も落ち着いてきたからなんとか寝落ちしない自信はある。しかも今日は金曜日。明日、仕事はない。まさに、絶好のチャンスだ。
自宅の扉の前で足を揃えて立ち止まりスーハ―と深呼吸を3回。鍵を開けてガチャっと扉を開けた。ただいまーとリビングに向かって言うと、バタバタとリビングから足音が近づいてくる。足音に合わせるように、ドッドッドッと俺の心臓の音が強まる。
「大我。今日もお疲れ様。」
エプロンをつけたノアがにっこりと微笑みながら両手を広げてこちらへ歩いてくる。靴を脱いで部屋に上がれば、ノアの腕の中にぎゅうっと閉じ込められ、少し長めの触れるだけのキスを交わす。
あー、1日の疲れ一瞬で吹き飛ぶー。ノアの腕の中は温かくて、身も心もふにゃりと力が抜けて溶けていく。唇を離してお互い見つめあう。あれ、もしかしてこれ、いい雰囲気なんじゃ…?
意を決して俺はノアの背中に手を回して恥ずかしくて顔は見れず俯いた状態ではあるが、勇気を振り絞ってぼそりと呟いた。
「ノア…。その…あの日の、続き…したいんだけど…。」
…反応がない。え?もしかして俺、失敗した?
目線を上げてちらっとノアの顔色を窺う。ノアは眉尻を下げて困った顔で微笑んでいた。俺の額にちゅっと短いキスをする。
「わかった、ご飯にしようか。」
ぽんぽんっと2回頭を撫でると、俺から離れていく。
……は?なんだよ、それ…。俺がどんだけ勇気出して言ったと思ってんだよ。俺がどんな気持ちでこの2週間過ごしてたと思ってんだよ。俺が…俺だけ、なのかよ…。
遠ざかっていくノアの背中。やだ、行くな。離れないで。これじゃああの日と、同じじゃねぇか。
「~っ!!一生離れないって言ったくせに、なんなんだよっ!!俺はお前の隣で笑ってるだけの人形じゃねぇしっ、お前はその気なくてもっ、俺はっ、俺はもっとお前に、触れてほしいのにっ…!!」
年を取ると年々涙もろくなってくるってやつだろうか。視界が涙で滲んで良く見えない。
ノアに出会ってからというものよく泣くようになった気がする。いい大人が簡単にぼろぼろ涙を流してかっこ悪い。こんな風になってしまうまで俺の感情を常に大きく揺さぶり続けてくるノアにも腹が立って仕方ない。
けど、こんな風になる程、ノアが俺の中に住みついているということは悪くないと思える。ぐずっと鼻をすする俺の頬に伝う涙をノアは人差し指で優しく拭き取る。
「勘違いさせてごめん、言葉が足りなかったよね。僕だってもっと大我に触れたい。」
「嘘つけ。俺の誘いを断っておいて…。」
「嘘じゃないよ。ただ、僕は好きな物は最後に取っておくタイプでね。ご飯を食べてお風呂に入った後、ゆっくりじっくり大我を堪能しようと思っただけで。…それとも、大我はそれも待てれないほどに僕が欲しくて欲しくて堪らないのかな。」
ふっと意地悪な顔で笑うノア。なんだよそれ、それじゃあまるで俺がそういうことばっか考えてるド変態みたいじゃねぇか。俺はかぁっと顔を赤くして、目の前にあるノアの顔をぐいっと強引に押し返した。
「はっ、はぁっ!?んなわけねぇだろっ!誰が待てねぇなんて言ったよ!!俺はただ、お前がまた俺の事を拒否したから…つーか、紛らわしいんだよ、ばーか!」
ドスドスと足音を立ててリビングへと向かう俺の後ろを、ごめんごめん。と1ミリも気持ちのこもってない謝罪の言葉を吐きながらノアがついてくる。リビングのドアを開ければ、ふわっと食欲のそそる香りが鼻をくすぐる。今日はサバの味噌煮だ。
ともだちにシェアしよう!