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第50話 岸谷

話があるから来いと呼び出し、その話を順に説明することもなく、高坂は突然、岸谷の会社を誰かに譲って、岸谷に高坂酒造に入れと言ってきた。後継ということだ。 「何をそんなに驚いている。俺だっていつかは引退するだろ?そんなに先ではないはずだ。俺がくたばってからでは遅い。今のうちから息子であるお前に経営を引き継いでいく必要がある。だからお前は自分の会社を誰かに譲って、高坂酒造に入るんだ」 「いやいや…俺は一から立ち上げた自分の会社が大切だ。誰かに譲ることも任せることも考えていない。何で急にそんなこと言うんだよ!そっちこそ、誰かに引き継がせればいいだろ。別に俺じゃなくったっていいんだから」 「家業は継ぐのは当然のこと。長男の承継は当たり前だ」 「はああ?」 ワンマンな高坂の言い分に驚く。岸谷が会社を作り上げ、経営をしている苦労も、会社に対する思い入れがある気持ちも知らないだろうが、こう急に自分勝手な言い方を投げかけられると驚く以外はない。 岸谷の会社は今、ものすごくいい流れになってきている。若い酒蔵さんたちが作る新しい酒を世の中に出していき、成功している。だから、あらゆる方向から期待が大いにかかっていた。 プロジェクトもたくさん抱えているし、順風満帆、楽しく忙しく仕事をし、会社を日々大きく繁栄させているという実感も実績もあった。 それに社員だって多くいるから、社長が変わったり、経営方針が変わるなど、そんな不安にさせることは出来ない。 だからこそ、この話は断るべきだと、岸谷は強く思った。 「…時代錯誤、古い。長男が家業を継ぐなんてそんな時代じゃないだろ?何故、継がそうとする。俺じゃなくったっていいだろ?他の奴はいくらでもいるはずだ。社員は?親父が認める奴なんていっぱいいるだろ?とにかく、俺は継がない。継ぐ気はない」 「家族が継ぐのが当たり前だろ?酒を作るところには、そういう文化がある。家族経営をしているんだから。優佑、何度も言わせるな…彩や彩の夫ではまだ若い。だからお前がここを継ぎ、彩たちに教えてあげて欲しい。歴史ある高坂酒造を廃業させるわけにはいかないだろ?それに、いつまでもそんな会社で社長をして遊んでいるな!お前の会社は誰に任せてたっていいだろう。だけど、高坂酒造は違う。わかるだろ?」 遊んでいるなという高坂の言葉に、ブチッとキレてしまった。 「歴史ある酒造が廃業?そんなのすればいい。俺には関係ない話、どうだっていい話だ。高坂酒造が無くなったって困りはしない。それに、後継者がいないってことはそういうことだろ?親父…準備不足だな、俺が断るって考えていなかったのか?高坂酒造より、俺は自分の会社の方が大事だ。社員も多くいるし、うちの社員の生活の方が大切だ。俺は会社を遊びで経営しているわけじゃない」 「何をわがまま言っている!うちにも社員はたくさんいる。社員が路頭に迷ってもいいのか?それにお前が継がなかったら、この酒はどうなる。この酒を求めるファンはたくさんいるんだ。ファンの皆さんのためにも続けていく必要はあるだろ。困っている時に助けるのが家族じゃないのか!」 あまりの無茶苦茶な高坂の言葉に、岸谷の返す言葉も乱暴になってしまう。 「知らねえよ!そんなの。ファンなんてどうでもいいって。何度も言ってるが俺には関係ないことだ。それに家族?困った時には家族ってなんだよ!そもそも家族経営なんて時代遅れ。家族経営してる会社にいる奴なんて能無しのバカ息子だろ?何も出来ないから家族のところで働いてる奴だろ。俺はバカ息子じゃないからな、やらねぇよ。興味もねぇし。それに身内を社長に就任するなんて今時ナンセンスだ。ああ、もう、さっさと勝手に廃業しろよ!後継者も考えられないなんて、会社経営する器もねぇな。所詮親父もその程度の器だ」 話とはこんなことかと、ため息をつき席を立とうとした。隣にいる玖月に、もう帰ろうと声をかけるが、玖月は下を向いたままでいる。 「玖月?ごめんな、見苦しいところを見せて。もう帰ろう」 「…り、ません」 「え?ん?なんて言った?」 「一緒には帰りません」 下を向いていた玖月が顔を上げ、真っ直ぐに岸谷を射抜くように見つめた。 「優佑さん、この国の会社の90%以上は同族会社、いわゆる家族経営です。更に長寿企業の多くが家族経営であり、それは家族であるがために強い責任感があると言われています。その背景には長年かかわってきた事業と人を大事にしたいという思いがあり、それが強い信頼につながっています。僕はそれを誇りに思っていて、僕自身も家族経営の中で働いています」 ヤバい…玖月の仕事である家事代行サービスも家族で経営していたと思い出した。 高坂の売り言葉に怒りが込み上げてきて、無茶苦茶な暴言を吐いていた。家族の会社で働くなんてバカ息子だと。それを玖月は隣でジッと静かに聞いていた。 「ち、ち、違う!玖月!そうじゃない。俺が言ってる家族経営ってそうじゃないんだ。玖月のことを言ったわけではない。親父があんまり無茶苦茶なことを言うから、ムカついて、イラッとして、」 「少し早いですけど、実家の片付けもありますし、今日からこのまま実家に帰ります」 「ええーーっ!」 その後玖月は岸谷と目を合わせることなく、食器をテキパキと片付け始めた。 「あーあ、優佑って墓穴を掘るタイプなんだな。見た目はいいけど、案外モテなかっただろ。俺とは違うな」 「親父…ちょっと黙ってろよ」 順風満帆だったのに…

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